約 2,288,101 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/876.html
進級に関わる忌々しいテストから早2週間が経ち俺達は夏休みを迎えようとしていた 大した事件も事故もなく平凡に暮らしていたって訳だ 思えば1年前は野球大会に駆り出されたなぁ・・・ もう今年は無くていい 朝比奈さんも来年の3月にはこの学校を卒業する あとの事はわからんが 一杯でも多く朝比奈さんが淹れてくれる紅茶を飲みたいものだ しかし俺のこの希望は悉く打ち砕かれるのは判っているのだ その打ち砕く張本人がドアをドンッと勢いよく開け 恵比寿と勝負すれば勝てるほどの笑みを浮かべている 「皆でテニスやるわよ~」 あぁ・・・憂鬱だ・・・ 『涼宮ハルヒの退屈Ⅱ』 今回のテニスは大会には参加していないらしい それがせめてもの救いだったわけだが とは言うもののテニスに関してはハルヒと古泉以外はドが99個着くぐらいの素人で 朝比奈さんはテニスは一度やってみたかったんですよね などと至福の顔をしているが 実際にはラケットの握り方も知らないらしい あの~今さらですが・・・天然ですよね? ともかく何も起こらないで欲しいと願うばかりであった ハルヒが言ってたテニスコートがある駅までは電車で1時間かかるらしい さらに半時間歩いてやっと着いたって訳だ 家でゲームしてた方がマシだったなんて・・・言えないよな あの笑みを見ていたら・・・ 「さぁ着いたわよ~」 見ればわかる そこは長年誰も使っていないらしく多少寂れていたが ネットを張れば普通のコートに早変わりした 「やっぱり物事は習うより慣れろよね みくるちゃん」 「ふぇ?手取り足取り教えてくれるんじゃないんですか?」 「何言ってるの?SOS団のメンバーが そんなんじゃ先行きが不安だわ」 あとこの学校にもいられる日数が残り少ない人に対して先行きという言葉は使わない方がいいんじゃないか? さて荷物も置いたし動きやすい服に着替えてこよう と思ったが更衣室が男子女子などと別れていないらしい ハルヒの提案で男子が先に着替えることになった 「10秒以内ね!」 無茶だ で帰るときに着替えるのは女子かららしい なるほど下着泥棒対策ね するか!! 仕方ないから帰りに残り香でも嗅がせてもらうよ 「ちょっとキョン 何鼻の下伸ばしてんの?」 早速長門と古泉のラリーが始まった おいハルヒ・・・アップなしか? 「アップなんかしてたら時間が無くなっちゃうじゃない ラリーがアップ代わり」 お前は俺らの体より時間か そりゃお前(と長門)だけは特別かも知れない だけど 「うるさい 始まったわ」 一蹴かよ・・・ 「長門さん 上手いですね」 「マニュアル通りにしているだけ」 この二人は上手い 上手いが故に一瞬のミスが命取りだ あっ古泉がロブを上げた 「私の勝ち」 そう宣言する長門 と次の瞬間 長門が打ったスマッシュは目にも留まらない速さで 在りえない擬音を出し 古泉のコートへ突き刺さった 少しは力をセープしてくれよ 長門 「している」 次にハルヒと朝比奈さんがラリーを始めた 「これぐらいでいいかしら」 おいおい まだ20回もしてないじゃないか 「ほらほらみくるちゃ~ん 小さくなってるだけじゃ点は取れないわよ~」 優越感に浸るハルヒ 朝比奈さんは今いる場所で縮こまっているだけだ 朝比奈さんの頭にボールが当たり脳震盪でも起こしたらどうするんだ 結果は当然の如く朝比奈さんが惨敗した 「あぁ~ん足くじいて痛いです~」 すみません暴君がこんなこと提案したせいで あっ肩貸しましょう 「あっキョンくん駄目です・・・仲良くしちゃ・・・」 仲良くというわけじゃないですが・・・とりあえず着替えてきてください 準決勝は長門とハルヒか ズドン キュ バァーン ドン パァーン とてもじゃないが高校生の試合ではない 悪い事は言わない テニスプレイヤーになれ ハルヒ 戦況はハルヒがバックスピンをかけ長門に打たせないという そりゃ宇宙人に打たせたらガットが一瞬でパーだ 「そろそろね」 何がだ 「王子サーブ!!」 卓球だ!! 結局ハルヒ6-1長門でハルヒの圧勝 「次はリミッターを解除・・・」 しなくてよろしいぞ 長門 決勝戦 何故俺がシードなのかわからない 「涼宮さんが望んだからですよ」 知るか 俺は全然動いていない しかも決勝戦だ ラリーは長めにさせてもらうよ とうとう試合が始まった ズドン くっ重い・・・ ハルヒの打球は打ち返してくるごとに重くなっている ハルヒ5-1俺 「張り合いがないじゃない もう終わり?」 まだだ まだ終わらせねぇぞ ハルヒがサーブを打つ ビュン うわっ速っ 最後までとっておきたかったが仕方ない・・・ ふんっ!! ズドン 俺が打った打球はハルヒのラケットを吹き飛ばし金網にめり込んだ 「ふふん・・・やるじゃない」 お互いな 俺がサーブを打つ ハルヒが返してくる もういっちょ!! ズドン 今度はハルヒのラケットを突き破った 「もうっ これじゃぁ試合できないじゃない 有希 ラケット貸して」 そうさ 点差が開いている以上それ以外の方法で勝つしかないんだ この試合もらった!! 「じゃぁ・・・これはどう?」 下打ちに変えた? うぉぅ これは長門を苦しめた・・・ 「そう バックスピンよ」 ネットタッチや打ち損じで点を稼ぐサーブか しかしもう 慣れた!! しかし俺が打った打球は力なくハルヒの頭上へと舞い上がる くっ南無三 「もらっ・・・た」 ドサッ 打球音にしては布の音がした と思ったらハルヒが倒れていた 「痛~い」 その直後ハルヒの頭上に ポコン テニスボールが落下した 「ふにゃぁ」 伸びるハルヒ そんなに簡単に気絶するのか? これ・・・どうすんの? 「これは足首を捻ってますね・・・恐らく軽い脳震盪でしょう しかし熱中症の疑いもあります」 そうか だから気を失ったのかハルヒ って大変じゃねぇか すぐ影のある場所へ ハルヒに水を与え 背負う おっ意外と軽いな それにしても解せん 何故こんなカンカン照りが続く時期にテニスを提案するかな 自分の命を捨ててまで楽しみたいのか?ハルヒ いつでも代わりはあるじゃねぇか 小声でつぶやいたときハルヒが声を捻り出していた 「い・・つでもじゃ・・・だめ・・・み・・・く・・・ちゃんが・・・いる内・・・に」 ・・・そうかハルヒ お前もちゃんと考えてんだな わかった とりあえず今日は中止だ 「ら・・・め・・・」 お前の体の方が大事だハルヒ!! お前が死んだら朝比奈さんはどうなる お前が朝比奈さんを思ってやったことがお前を死に至らしめたら 朝比奈さんは・・・朝比奈さんは・・・ 知らない内に涙が出ていた そうか・・・朝比奈さんが出て行けばもうこの集団ではいられなくなるのか 今までと言えど1年間だけだがいろいろなことをしてきた しかし朝比奈さんは唯一の1学年上の3年生だ 今までと同じ事をあと1年間できない そう考えたら自然と涙が出てきた 「わかった・・・ハルヒ・・・とりあえず影にお前を入れてやるから休め お前らしくないぞ 水分補給を忘れるなんて」 「キョ・・・ンも一緒に・・いて・・・一人は嫌・・・」 わかった いてやるから 「やらし・・ことはしないでね・・・」 するか! こうしてぐったりしているハルヒを見るのは初めてだな 色っぽさすら感じる 「何・・欲情してんの・・・」 目ざとい奴め 触らねぇよ 「今なら・・いいよ・・・触っても・・冷やして・・・」 とりあえず濡れタオルならあるからこれで頭でも冷やせ 疲れてるんだお前は 「涼宮さん大分よくなりましたね」 おかげさまでな 「やはり熱中症でしたか 無事で何よりです」 ハルヒも最初ほどの元気はないもののをよくなったみたいだ 「今日は私涼宮ハルヒの失態により自身が倒れるという・・・」 長ったらしい・・・お前は運動会の校長か また倒れるぞ それぐらいにしとけ 「ふぇ・・・もう・・・だめ・・・」 朝比奈さ~ん! 見慣れた町へ戻る もうあたりは薄暗くなっていた スピーチ中にまた倒れたハルヒを背負って帰るためみんなより早めに切り上げた まったくこいつは・・・ いきなりハルヒが重い口を開けた 「ねぇ キョン」 なんだ 「あたしたちまた会えるかな」 どうしてそんなこと 「高校を卒業するでしょ そうしたらバラバラになっちゃって もう・・・会えないのかな・・・って」 なるほど お前らしくないな ふん・・・お前は自覚はしてないだろうが望めばすぐそれが手に入る能力の持ち主だ 必ず会えるさ きっと 「さぁな・・・神様にでもお願いしてみるか?」 暮れなずむ夕日が2人を照らしていた 『涼宮ハルヒの退屈Ⅱ』 fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1675.html
放課後、俺はいつものように階段を上っていた。 いちいち説明しなくても分かると思うが、文芸部の部室へ向かうためである。 しかしそこで文芸部的な活動をする分けではない。 SOS団なる謎の団体の活動をするのである。 廊下の窓から外を眺めると部活動に励む生徒の姿や、 その他に学校に残って友達と遊んでいる者、 さっさと帰宅して個人的な趣味や塾に通う者、 そして男女のカップルのイチャつく姿が見えた。 「はぁ、俺はいったい何をやってるんだか・・・」 俺は普通の高校生の姿を眺めながら溜息をついた。 俺は別に好きでSOS団の活動をしているわけではない。 活動をサボったら我がSOS団の団長、ハルヒに怒られるのであり、 ハルヒが怒れば神人という謎の化け物が暴れだすからであり、 そのハルヒの機嫌を損ねないために俺はSOS団に参加してハルヒを喜ばせているのである。 しかもそのSOS団の活動と言えば、平日は古泉とボードゲームをし、 休みの日には街を散策して未確認生物を探し回るという、まさに時間の無駄遣いであった しかし全てが無駄と言うわけではない。 その理由はSOS団の女神であり、全校の男子生徒のマドンナである 朝比奈さんのいれたお茶を飲めることである。 そのお茶のおかげで俺の憂鬱の8割は解消されてるね。 いつものようにドアをノックすると、いつものように朝比奈さんの 「はぁ~い」 という返事が聞こえ、俺はドアを開けて部室の中に入る。 その朝比奈さんは、いつものメイド服ではなく、黒い色のくノ一(女忍者)の格好をしていた。 「あ、キョン君、いっらしゃ~い。いまお茶を入れますね」 その女忍者の格好は、スカートが膝下より長いメイド服とは異なって、 太ももがほとんど露出しており、あと少しでパンツが見えそうなくらい短かった。 実際、少し前かがみになっただけでパンツが丸見えだった。 俺はお茶をいれる朝比奈さんの姿(特にお尻)を眺めながら朝比奈さんに尋ねた。 「朝比奈さん、その衣装、またハルヒが用意したんですか?」 お盆にお茶を載せてこちらに運びながら朝比奈さんは言った。 「いえ、これは自分で用意したんです。いつも長いスカートだったでしょ? だからお店の人に短いスカートの衣装をください、って言ったらこの黒いくノ一(女忍者)の衣装をくれたの」 「へ~、朝比奈さんが自ら衣装を買いに行くなんて驚きですね。 ところで、なんでスカートの短い衣装が良かったんですか?」 朝比奈さんは顔を真っ赤にしながらこう言った。 「だってキョン君・・・短い方が嬉しいでしょ・・?」 「そりゃ、まあ、そうですけど・・・」 「あの!触りたかったら触ってください。そのためにこの衣装を着てるんです!」 俺は一瞬何が起こったのか分からなくなり、数秒間考え、結論を出した。 「では、お言葉に甘えて」 俺は朝比奈さんの後ろに立った。 そしてお尻を触った。朝比奈さんの息が荒くなっていく。 それに飽きてきたので前を触ろうとする。 しかし朝比奈さんは両手を前で組んでいる。 「すみません、両手をどかしてもらえますか?」 「あっ、はいっ、すみません・・・」 その時だった。 バタン!!!!!! 扉が急に開いた。 「こらー!なにやってるのよ!SOS団は社内恋愛禁止なんだから!」 ハルヒだった。 いきなり登場して俺と朝比奈さんを怒鳴ったかと思ったら スタスタと自分の特等席に着席してパソコンの電源をつけた。 俺はハルヒなど無視して続きをしようと思ったが、 朝比奈さんは、「今日はもうダメ・・」と言って俺から離れてしまった。 続いて古泉と長門が来て、朝比奈さんは3人分のお茶を入れることになった。 古泉の席の後ろで、朝比奈さんはお茶を入れている。 そして朝比奈さんのパンツを見ることが出来る。 さすがの古泉も後ろで何が起こっているのかは分からないのだろう。 お前の後ろではパラダイスが広がってるんだぞ、と心の中で思っている時だった。 俺は横からの視線を感じ、横を振り向く。 その視線の主はハルヒだった。俺のことをギッと睨んでいた。 なんなんだよ一体・・・ 「キョン、今日あんた居残りだから」 「はぁ、なんでだよ?」 「いいから残りなさい!」 やれやれ、理由さえ聞かせてもらえませんか。 俺は仕方なく居残りすることにした。 長門と古泉と朝比奈さんが帰り、文芸部の部室にいるのは俺とハルヒだけになった。 「なんで居残りさせたんだ?」 「あんた、ひょっとしてミクルちゃんのこと好きなの?」 「なんなんだよいきなり。好きだったとしたらなんなんだ?」 「いいから答えてよ。好きなの?嫌いなの?」 「まぁ、どっちかと言えば好きだね。優しくて思いやりがあって、お前とは大違いだ」 しまった。口が滑って変なこと言っちまった。 きっとハルヒはこの言葉でご立腹だろうと思い、俺はハルヒを見た。 しかしハルヒは怒ってなどいなかった。 俺の勘違いかもしれんが、少し泣いているような気がした。 「そう・・・あんた、あーゆーのが好きなのね」 そしてハルヒは走って帰ってしまった。 次の日、教室でハルヒは授業が終わるまで顔を伏せていた。 そして放課後、いつもどおり、俺は放課後に文芸部室へ行った。 そしてドアをノックした。 「は~い」 という返事。 ドアを開けて室内を見た俺は、ドアを閉めた。 何が起こったのか理解できなかった。 「なんで閉めるんですか~」 そして内側から扉は開けられて、俺は混乱してるまま室内に入った。 部室に居たのは朝比奈さんではなく、ハルヒだった。 しかも昨日、朝比奈さんが着ていたくノ一の格好だった。 しかし黒色ではなく、白色だった。 これでは忍者的活動が出来ないぞ。もしかして雪国での忍者か? 「ハルヒ、頭でもぶったのか?」 それとも変なモンでも食ったのだろうか。 まさかまた不思議な力によって世界が改変されたとか、そんな面倒なことが起こったのだろうか。 「違いますよ~。頭なんてぶってませぇん。 昨日キョン君はこういうのが好きだって言ってましたよね? だからやってみたんです~。どうですか?似合ってますか?」 呆然と立っているとハルヒは 「あ、座って待っててくださいねぇ、今お茶入れますから」 と言った。俺は言われたとおり座って待ってることにした。 お茶を入れるために前かがみになったハルヒは、昨日の朝比奈さん同様、パンツが見えた。 しかも「好き」という文字がプリントしてあった。 俺は呆然とその文字を眺めていると、ハルヒが急に振り返り 「あのぉ、パンツ見ましたかぁ?」と言った。 これはひょっとして、あのコンピュータ研部長のときと同様、なにか恐喝でもされるのか? 等と考え、返答に困っていると、ハルヒが 「あのぉ、触りたかったら触ってもいいですよぁ」と言った。 やれやれ、俺の我慢の限界も低いもんだな。 「では、お言葉に甘えて・・・」 ハルヒに近づき、尻の穴を指で触ってとき、ドアが開いた。 朝比奈さんだった。 「あ、涼宮さん、キョン君、まさか、、こういう関係だったんですか? それ、私がこの前買った衣装と同じのですね」 「ええ、そうよ、ミクルちゃんがあまりにも可愛いから買っちゃった。 結構動きやすいし便利よねこれ」 「あの、、それよりも何をやってたんですか?」 「お茶入れてちょーだい」 「私の質問に答えてくだ、、」 「お茶入れてちょーだい」 ハルヒはいつも通りの乱暴な性格に戻った。 なんなんだ一体・・・ やがて古泉と長門もやってきた。 「キョン!なにか面白い話題とかないの! なんかこう、とてつもなく面白い話よ!」 ねぇよ。自分で調べろよ。 というとハルヒはネット巡回を始めた。 俺はいつもどおり古泉とゲームをしていた。そこに長門が俺のそばに来て本を渡した。 「・・家に帰ったらすぐ読んで・・・」 古泉は不思議そうな目で俺を見ていたが、それを無視して俺はゲームに戻った。 そして長門が部室から出て行き、その日のSOS団の活動は終わった。 家に帰った俺は長門に言われたとおり、本を読むことにした。 正確に言えばページをめくって栞を探していた。 それはちょうど真ん中らへんのページに挟まっていた。 「晩ご飯を食べる前にすぐに私の家に来て」 俺はダッシュで長門の家に向かった。 ハルヒの頭がおかしくなった事と何か関係があるのだろうか。 長門の部屋のインターフォンを鳴らし、ドアが開いた。 そこでまた俺は頭がおかしくなりそうになった。 「あ、キョン君、おかえりなさぁ~い」 長門が忍者の格好をしていた。しかもピンク。 俺は溜息をつきながら長門の部屋に入った。 「ご飯にしますか?お風呂に入りますか?それとも、、、うふっ」 なんか長門の頭もおかしくなってしまったようだが 俺はそんなことは無視してご飯を選択した。まずは飯だ。 そこで気がついた。 なんと長門の衣装はパンツがギリギリ見えるとかそんなレベルではなく、パンツ丸見えだった。 その衣装はヘソの辺りまでしかなかった。 「あのぉ、触りますかぁ?」 またこれだ。 「いや、断る。今は触るって言う気分じゃないんだ。 匂いを嗅ぎたいんだ」 そして俺は仰向けになって寝た。 そして俺の顔の上に長門がまたがった。 俺が匂いを嗅いでいると、玄関の扉が急に開いた。 「長門さん、、なにやってるの・・・?」 朝倉だった。 「ちょ、朝倉、違うんだって!これは、その・・・」 しかし俺の言葉を無視して、朝倉は走って自分の部屋に帰ってしまった。 とりあえず飯だけ食って俺も帰ろう。 次の日の朝、下駄箱の中に手紙が入っていた。 「今日の5時ごろに教室に来てください」 なんなんだろうね、まったく。 そして放課後、いつものようにドアをノックする。 「入っていいわよ」 そこにいたのは忍者姿の朝比奈さんだった。 「キョン、お茶入れてちょーだい」 「あの、朝比奈さん、どうしたんですか?」 「さっさとお茶をいれなさい!」 どうやら今度は朝比奈さんがハルヒの性格になってしまったようだった。 「あ、やっぱお茶はいいわ。コップだけ持ってきて」 そう言われたので俺は朝比奈さんのもとへコップを持っていった。 コップを床に置くと、朝比奈さんはパンツを下ろし、オシッコをした。 「さっさと飲みなさい!」 俺は一気に飲み干した。 「カレーがあるけど食べる?」 いえ、それは遠慮しときます。 そして古泉が部室にやってくると同時に朝比奈さんはいつもどおりの正確に戻った。 夕方の5時である。 教室で待っていたのは朝倉だった。 しかも忍者の姿。そして衣装は肩らへんまでしかなかった。 パンツも胸も丸出しである。 もはや忍者かどうかも分からない。 「お前か・・・」 「そ。意外でしょ」 俺は朝倉に聞いた。 「なあ朝倉。教えてくれ。長門やハルヒや朝倉さんがおかしくなってしまったんだ。 いや、お前もおかしくなった。何故だ!」 「みんなキョン君のことが好きなのよ。だからああいう格好をしているの。 そして私もあなたのことが好き」 「で、お前はなんの用なんだ?」 「人間はさあ、よく、やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいい、って言うよね。 これ、どう思う?」 と朝倉は顔を赤らめながら言った。 「言葉どおりの意味なんだろう」 「じゃあ、やろっ!」 次の瞬間、さっきまで教室だったこの空間は ベッドルームになっていた。そして朝倉は俺に迫ってきた。 俺の服は朝倉の不思議な力によって消えていき、ついには全裸になった。 ベッドに寝た朝倉にいろいろやろうとしたその時、横の壁が爆発した。 そこに立っていたのは長門だった。 「情報連結解除、開始」 「そんな・・・」 朝倉は悲しそうな声で言った。 「そんな・・・」 俺も悲しそうな声で言った。 朝倉の体は消えていってしまった。 そして部屋はベッドルームではなく、いつもの教室に戻っていた。 どうやら教室を再構築したようだった。 しかし俺の服は再構築されなかった。つまり全裸である。 そして俺は全裸で帰った。 次の日、俺はいつもどおり文芸部の部室へ行き、ドアをノックした。 「どうぞ」 という古泉の返事が聞こえ、俺はホッとした。 そしてドアを開けた瞬間、俺はドアを閉めた。 なんと古泉が全裸で立っていたのである。 俺はドアノブを掴んで、ドアが開かないようにした。 逆に古泉は内側からドアを引っ張っている。 「開けてくださいよ、ねぇ、開けてくださいよ」 ドアの引っ張り合いをしていると、後ろから谷口と国木田の声がした。 「おい、谷口!国木田!助けてくれ!俺の全財産をやるから助けてくれ!」 しかし俺は谷口と国木田の姿を見て諦めた。 なんと二人とも全裸だったのである。 俺は谷口と国木田に抑えられ、ついに部室の扉は開いてしまった。 そして中に運ばれていった。 起きなさい、起きなさいってば! ハルヒの声がする。 助けてくれハルヒ・・・ 起きなさい! 「ああ、、夢か」 どこまでが夢だったのか俺は考えてみる。 そうだ、ハルヒが忍者の衣装をしていて、そしてお茶を飲みながら 他の団員が来るのを待ってる間に眠ったんだ・・・ 外は真っ暗だった。 ハルヒは他の団員が帰った後も俺が起きるのを待ってたらしい。 「あんたが気持ちよさそうに寝てたから、起こそうと思っても起こせなかったのよ」 今は10月の下旬で、昼間は暖かいが夜になれば寒い。 時刻はもう6時半である。 既に外は真っ暗で、街灯がついている。 俺は俺が起きるのを待っていたハルヒと一緒に帰ることにした。 ハルヒは忍者の衣装のままだった。 「なぁハルヒ、寒くないのか?」 「寒いわよ。でも着替えるの面倒だったからこのままでいいわ」 「でも上着を羽織るくらいなら面倒じゃないだろ?」 「このままでいいの!」 「そうか・・・」 夜道を歩く男子高生徒と白い忍者。 明らかに不審者である。 無言のまま帰り道を歩いているとハルヒが口を開いた。 「ねぇ、キョン。あんた告白ってした事ある?」 「ないね。お前はあるのか?」 「されたことなら何度でもあるけど、自分からしたことは無いわ」 俺たち5人組は街中を散策した。 特に目的も無かったので本屋に行って立ち読みをしたり 服屋をいろいろと見て回ったりした。 今日の女子3人は忍者の格好をしていた。 ハルヒは白、朝比奈さんは黒、長門はピンクである。 まぁ、服装の趣味はひとそれぞれだし、忍者の格好をしてはいけないという法律は無い。 それはいい。忍者だろうが気にしない。 女子3人は街行く人の視線を浴びながら一日を過ごした。 ハルヒと長門は特に気にすることなく歩いていた。 朝比奈さんはつねに人目を気にしながら歩いており 解散時間になる頃には精神的疲労で倒れそうなほど疲れている感じだった。 なんだかんだで解散時間である。 「とろこで古泉、なんでお前は全裸なんだ?」 古泉は全裸だった。 古泉は全裸のまま叫びだした。 「これは人類のありのままの姿ですよ! 僕を否定するということは人類を否定することになります! ここ数千年の間で人類は服を着ました! しかし!これは進化ではありません!退化なのです! 昔は人類は猿のように体中に毛が生えてたました! しかしある時期を境に人類は毛が抜け、裸になりました! まさに進化ですよ!しかし5000年ほど前から服を着だしました! そこからが退化の始まりです!我々人類は進化しているようで退化してるのです! 今の人間に出来ることはなんでしょうか!地球を汚すことしか出来ません! 我々は母なる地球のために生きています!いや、生かされてます! しかし人類は汚してばかりだ!これは母なる地球に対しての冒涜であり、地球上の生物として退化である!」 古泉は警察に逮捕された。 ハルヒは言った。 「逃げるわよ!」 これはさすがに逃げるのが一番いい選択だな。 俺たちも古泉の仲間だと思われて逮捕されるかもしれん。 古泉のことである。拷問をされても仲間を売るようなことはしないだろう。 安心しろ古泉、出所した後は鍋パーティーでもしようぜ。 俺とハルヒと長門は全力で走った。 しかし朝比奈さんは足をガクガクと震わせ、走れそうになかった。 「朝比奈さん!」 俺が戻ろうとしたらハルヒに止められた。 「私たちまで捕まってどうするの!とにかく逃げるのよ!」 朝比奈さんはパトカーに囲まれた。 「こちら北署、こちら北署、全裸男の仲間と思われし女を包囲しました」 「ひぇ~、私はこの人とは関係ないですよ~。ただの忍者ですよ~」 手錠をかけられた古泉が暴れだした。 「僕は新人類です!旧人類に僕を拘束する権利などありません! 自ら服を着るなど猿以下の存在ですよ!その女の子も離してあげなさい!」 「ひぇ~、あなた誰ですか~?私はただの忍者です~。あなたなんか知りませよ~」 結局、古泉だけが連行された。 「古泉・・・」 俺は胸が痛くなった。 仲間を見捨てた自分に対して胸が痛くなった。 「なぁハルヒ、お前、忍者の格好してるだろ? 古泉を助けに行かないか?」 「なんでよ!無理に決まってるじゃない!」 「長門!なんとかしてくれ!」 「・・・無理」 その後、俺たちはそれぞれの家に帰った。 リビングでテレビを見ていると妹が 「キョンくーん、古泉君がテレビに出てるよ~」と叫びだした。 俺は妹の目を隠し、テレビを消した。 どうするんだよ古泉。 次の日、俺とハルヒは文芸部室で喧嘩をした。 「おいハルヒ!なんで古泉を見捨てたりしたんだ! 古泉だけならともかく、朝比奈さんまで見捨てるとは何事だ!」 「だってしょうがないじゃない!警察に勝てるわけないじゃん!」 「それとこれとは別問題だ!例え勝てなくても助けるのが仲間だろ!」 朝比奈さんは泣いていた。 「あのぉ、、2人とも喧嘩はやめてください・・・うぅ」 俺はすかさず朝比奈さんへ言った。 「朝比奈さんもなんで古泉を裏切ったんですか!」 朝比奈さんは大泣きして俺の言葉は耳に届いていないようだった。 その日、俺は留置所に行った。 古泉が牢屋に閉じ込められているはずである。 5メートルはありそうな塀を眺めていたら 中から古泉の声がした。何を言っているのかは分からない。 しかしいつもの演説的なものであることは分かった。 俺は門番の人に頼んで古泉との面会を許してもらった。 何重もの門をくぐり、薄暗い廊下を歩き、何枚もの扉を通り、面会室へたどり着いた。 透明な防弾ガラスの向こうに古泉はいた。 「古泉、、元気か?」 「会いに来てくれたのですね。とても嬉しいです。 しかし僕のことはもう忘れてください。僕は犯罪者です。 僕に関われば世間はあなたのことも犯罪者だと思うでしょう。」 「そうか、、お前がそう望むなら俺は何も言わない。お前とはもう関わらない」 「ありがとうございます。僕にとってそれが一番うれしいことです」 じゃあな、古泉。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2650.html
『2年前、あの光の巨人が暴れたとき、初めて機関という存在を僕は知った。テレビ演説で華々しく公表された超能力者を 有する組織。多分、これが平和な日常の中だったら誰も信じず、ただのオカルト話として笑いのネタにされていただけだと思う。 だけど、あんな大惨事の後だったから、みんな簡単に信じてしまった。その存在と目的、そして、惨劇の原因について』 朝倉撃退後の夜、俺は機関の連中や谷口の目を盗んで、国木田のノートを読んでいた。どうやら、ここに来る前までに 書いていたものらしい。内容はぱっと見では日記帳のように見えたが、よくよく読んでみると回想録のようなものだった。 個人的な思い出を語るものだったら、プライバシーの侵害になるからあわてて閉じるつもりだったが、 その内容は興味深い――それどころか俺の猜疑心をえらく揺さぶるものだった。 特に、一番最初のページにあわてて付け加えられたように書かれていた文。 『キョン、僕の身に何かあった事を考えてこのノートを託すよ。でも、このノートの内容は機関に属する人間には決して 見せないこと。もし見せればキョンの命の関わるからね。機関を信じないで』 訳がわからなかった。国木田の奴、人の荷物に何でこんなものを仕込んでいたんだ? 大体、命に関わるって…… 俺は近くで新川さんと談笑する古泉の姿を横目で見る。二人とも明日の移動ルートについてでも話しているのだろう。 ほどなくして、森さんと多丸兄弟が見回りから帰還し、その環に入る。確かにプロフェッショナルな雰囲気を醸し出す彼らだったが 今までふれあってきた限り危険視しなければならないような人たちには見えない。対朝倉戦では、 これ以上ないほどに俺を守ってくれたしな。 まあ、そんなことを言っても国木田ノートの内容の続きが気になるので、こっそりと読み続けることにする。 『……この日、僕は難民キャンプへと移送された。家に帰ろうにも、すでにそこは閉鎖空間に飲み込まれているらしい。 やむえず、遠く離れたところで仮設住宅暮らしをすることになった。幸い、友人たちも多くいたから、寂しくはなかったけど。 そんな生活が続いて半年ぐらい経った後、機関の人間たちがやってきた。用件は僕をスカウトしたいらしい。 最初は新手の詐欺か何かと思ったよ。だって僕に超能力があるとは思えなかったし、特化したものも大して無かった。 そんな僕をどうして? と思ったけどどうやらキョンがらみの話らしい』 ――俺はついノートの内容に没頭していることに気がつき、あわてて周囲を見渡す。幸い、機関組はまだ話し合いを続けていた。 ほっと胸をなで下ろして、次のページを開く。 『どうやら機関はキョンが目覚めた後、閉鎖空間の中心に攻勢を仕掛けるつもりみたいだった。この時点でキョンは半年以上 眠ったままだったのに、気が早すぎるんじゃないかと思ったんだけど、なぜか彼らはいずれキョンが目覚めることを 確信しているみたいだった』 確信? 古泉はありとあらゆる手段を行使したが、俺を目覚めさせることができなかったと言っていたんだが。 それともその内目覚めるに違いないと希望的観測でもしていたのだろうか。まさか、俺の目覚める時間を知っていたわけが…… 俺は次のページを開き、その内容に目を疑うことになる。 『結局僕は機関に入ることになった。提示された報酬も悪くなかったし、何よりもお世辞にも良いとは言えないキャンプ生活から 家族とともに抜け出せるからね。ただ、家族とは離ればなれにされてしまった。閉鎖空間という機関の機密の中枢に 関わることになるから少しでも情報漏洩の芽は潰しておく必要があるだってさ。しかも、書かされた誓約書は物騒な文言が 並んでいて、機関の任務遂行に影響を及ぼす問題を引き起こせば、最悪極刑もあり得るとか書いてあるほどだよ。 このときはちょっと機関入りを後悔したね。その後、いろいろな訓練とか説明とかを半年ぐらい受けた後に、 ようやく僕がやるべき任務の内容を教えてもらった。複雑な説明はややこしくなるだけだから避けて、簡単に要約すると キョンが目覚めた後、機関の人たちと一緒に北高に向かうってことだった。大体、予想していたことだったけど その中で驚いたのがキョンが目覚める日時が具体的に示されていたこと。機関はずっとキョンの治療や昏睡状態の原因解明を 続けていると言っていたのに、どうしてそんなことがわかるんだろうか? 僕の頭に初めて疑念が生まれたのはこの日だった。 キョンを眠らせているのは機関なんじゃないかって』 「何を読んでいるんですか?」 突如俺にかけられる声。目を離せない国木田ノートの内容に没頭している中での事だったので、 思わず悲鳴に近い驚きの声を上げてしまいそうになるが、ぎりぎりのところで飲み込むことができた。 俺はできるだけ冷静さを保ちつつ、 「ああ、せっかくだから体調管理とかを兼ねて日記をつけているんだ」 「なるほど。それは感心なことです。せっかくだから任務完了後に一緒に自伝でも出版しませんか? 閉鎖空間滞在日記~~それでも僕たちは諦められない~~という感じで」 「俺は自分の日記を世間に公表するほど派手な人間じゃねえよ」 そう軽く受け流して、国木田ノートをバッグの中に片づけた。 機関が俺の目覚める時間を正確に把握していた。ひょっとしていたら俺を昏睡状態にしていたのは機関なのかも知れない。 確かにこのノートの内容を機関の連中に見せるわけにはいかないな。 ◇◇◇◇ 「そうですか。あの時長門さんと再会していたんですね」 「ああ。ずいぶん久しぶりに声を聞いたよ」 「何か言っていませんでしたか? 涼宮さんの具体的な居場所や現在の状況など」 「いや……何かに追われているみたいだったぞ。すぐにどこかにいっちまった」 「そうですか……少しでも有益な情報が得られればと思ったんですが……」 古泉は残念そうな笑みを浮かべて嘆息した。 翌日の朝。俺たちは北高への移動を再開した。正直、第2第3の朝倉が出現するんじゃないかと思っていたが、 全くトラブルもなく順調に目的地との距離を縮めていっていた。このペースで歩けばあと2~3日で北高に到達できそうだが…… はっきり言って国木田ノートの続きが気になって仕方がねえ。あの後、古泉たちの目が終始俺に向けられているような気がして 結局続きを読むことができなかったせいだ。とんでもなく重要な事を見せつけられておきながら、続きが読めないでは 生殺しも良いところである。 ついそわそわしているところが身体に出てしまったのか、古泉が俺をのぞき込むように、 「どうかしましたか?」 「……何でもねえよ」 そう言ってかわした。 さて、気がついてみればもうA島の最北端に近くなり、着々と目的地に近づきつつある。 だが、あの国木田ノートを見てから俺は先に進むことに激しい抵抗を憶えるようになって来ていた。 機関は俺が目を覚ますタイミングを知っていた。いや、俺を昏睡状態にし続けていたのが機関なら 俺をいつでも目覚め指させることができる。ならどうしてそんなことをする必要がある? これから何をしようとしている? ああ、そういや俺を眠らしていたのが機関なら、そのきっかけとなった交通事故を起こしたのも連中なのか? そうなると事故から閉鎖空間の発生、そして、機関の存在を全世界へ公開し俺を目覚めさせて北高に向かうという流れは 奴らが全て仕組んだものだったのか? だったら何のために? 俺が思考をめぐらしている間に、自動車道のICが見えてきた。朝倉に襲われた場所とは違い、ここは無傷で残っている。 ここを越えればA島と本土をつなぐ連絡橋まではすぐで、橋を渡り終えてしまえば北高は目と鼻の先だ。 機関の行動の疑惑が出てきている以上、安易に先に進むわけには…… 地図を確認すると、このICはSAもあるようだ。ある程度留まれる環境はあると考えても良い。 俺は古泉の方に振り返り、できるだけ本心を悟られないように疲れた表情を浮かべて、 「古泉。ちょっと話があるんだが」 「何でしょうか。改まって」 ――ここでヘルメットを脱いで―― 「前回の朝倉との戦いで思い知ったんだよ。ここでは一瞬のミスで命を落としかねないって。 国木田がやられたのも一瞬の出来事だったしな」 「その通りです。これからはあれ以上に厳しい状況に追い込まれるでしょう。以前にこの辺りに入った偵察隊が 無傷で出てきたことは一度もありませんからね。で、何が言いたいんですか?」 ――ここで一旦躊躇するようなそぶりを見せてから―― 「言いにくい話なんだが」 「遠慮無くどうぞ」 「俺は疲れている。昨日の戦いの疲労が蓄積しているみたいで、正直歩くだけでもつらい。こんな状態でさらに危険地帯に 入ってもいいのかと思うんだ。もっときっちり疲労を取ってから進むべきじゃないかってな。幸い敵の襲撃もここじゃなさそうだ」 「正論ですね。身体が弱っている状態で敵に遭遇すれば、まともに戦うこともできずにただやられてしまうだけです。 休息も戦いの内と言えますからね。それにこの辺りまではいると無線で外側と連絡も取れなくなります。 怪我一つが致命傷になりかねません」 ――俺は古泉に軽く頭を下げて―― 「すまない。閉鎖空間に入ってからこれで3度目のわがままになっちまうんで、自分でも言いづらい話なんだが……」 「良いですよ。正直、僕も超能力を使ったおかげで結構疲労があるんです。朝倉涼子との戦いで中心的役割を果たした 森さんたちはそれ以上でしょう。ただ任務を果たすために口に出さないだけです。あなたが休息したいと言えば森さんたちも きっと喜んで賛成してくれますよ」 古泉はあっさりと俺の申し出を受け入れてくれた。だが、あまりに簡単に受け入れすぎて逆に不安を煽られた気分になる。 機関は先を急いでいないのか? それともいつでも北高に行けるということなんだろうか? いや、考えすぎだ。まだ国木田ノートの内容は全部読めていないし、大体それが事実とは限らない。 あれだけ俺のことを助けてくれた人たちだ。安易に疑うのはやめよう。 と、後方を歩いていた谷口が追いついてきて、 「なんだよぉー。またストライキか、キョン。おめーは本当に貧弱だなぁ」 「……仕方ないだろうが。あれだけの戦いを見せつけられた後じゃ、万全に万全を期したくもなる」 「まっ、そーだな。実を言うと俺もちょっと疲れ気味だからな。助かったぜ、サンキュな、キョン」 そう俺の方にぐっと親指を上げる。そう言えば、谷口はどうなのだろうか? 国木田とこいつは機関にスカウトされた 立場のはずだ。ならこいつには国木田ノートの内容を話しても良いのか? いや、待て。焦らずにとりあえずノートの続きを 確認しよう。きっと谷口についても何らかの言及があるはずだ。 やがて、前方を歩いてきた森さんたち機関組が俺のところまで戻ってきて、 「話は古泉から聞きました。100メートル先にあるSAでしばらく休息を取ることにします。新川。最大でどのくらい休める?」 「食料を考えれば三日は留まれるでしょうな」 新川さんの返答に森さんは軽く頷き、 「わかりました。では三日ここで休息し、その後に連絡橋を越えて閉鎖空間の中心部分に突入します。 恐らくこれ以降急速を取ることは困難になるでしょうから、各員しっかりと疲れを取ること」 俺は森さんの言葉に感謝の気持ちを持つように心がけた。 ――無理にでもそうしないと、疑念ばかり向けてしまうからだ。 ◇◇◇◇ SA到着後、俺はトイレと偽って機関組と谷口から目の届かない部分へ移動する。留まれるのは三日間だけ。 その間に国木田ノートを全て読み、今後どうするのかを決めなければならない。 俺は適当な林の中に入り、茂みに身を隠した後、腹の部分に押し込んでいたノートを取り出す。 『機関に入ってから僕は独自に疑惑について調査を始めることにした。でも、重要な任務を与えられているとはいえ、 立場は末端の兵士と同じようなものだったから表向きの情報しか得ることしかできなかった。 そこで、北高時代にキョンと同じSOS団にいた古泉さんに近づくことにした。最初はあまり話す機会がなくて接点を 持てなかったけど、その内一緒に訓練することも増えてきてだいぶ親しくなることができた。 プライドが高くて話しづらいような印象があったけど、話してみるとなかなかフランクな人ですぐに仲良くなれたよ』 古泉がフランクねぇ……記憶の大半がSOS団時代のもののおかげで、ニヤニヤしているイエスマンというイメージの方が 強いせいか違和感を憶えるな。 『ちょうどそのころ、谷口が機関にいることを知った。キョンの知り合いと言うことで僕がスカウトされたから ひょっとしたら谷口もそうじゃないかと思っていたけど、それが現実になっていたみたいだ。 ほどなくして予想通り僕と同じプロジェクトチームに配属されてきた。でも、相変わらずの調子ぶりで安心したよ。 機関の人たちはいまいち信用できなかったから、久しぶりに楽しく話せる相手ができて嬉しかった。 さすがに一時間ものろけ話を聞かされるとうんざりしてきたけどね』 谷口はずっとあんな調子なのか。全く国木田も苦労しただろうな。 『古泉さんとの仲をきっかけに僕はじわりじわりと機関の中枢に入り込めるようになっていった。 結構ランクの高い機密文書とかも見れるようになったし、公表されない情報も耳にはいるようになってきていたけど、 やっぱりキョンや閉鎖空間の発生にどう介入したのかまではわからなかった。 ただ僕が決して知ることのできないトップクラスの機密情報というものはやはり存在していることには気がついた。 となればやはりそこに知りたい情報があるに違いない』 ――次のページへ進んで、 『さすがに機関の最高機密だけあってなかなかそこにたどり着けなかった。色々やったよ。機関幹部の尾行はもちろん クラッキングから立ち入り禁止ゾーンへ不法侵入して文書をコピーしたりってね。 ある時は訓練名目で閉鎖空間内に入れてもらったりもした。でも、結局わからずじまい。 気がつけば、キョンが目覚める予定まで一週間になっていた。けどそんな絶望的な状況の中、ある日僕宛のEメールが届いた。 宛先は巧妙に偽装されているらしく誰が送ってきたのかはわからない。だけど、そこに添付されていた情報は 僕がずっと追い求めていたものだった』 と、ここでつい読みふけってしまっていることに気がついて時計を確認する。気がつけばトイレ使用の数倍の時間が 経過していた。これ以上、ノートを読みふければ心配した古泉たちが探しに来るかも知れない。 俺ははやる気持ちを抑えてノートを閉じた ◇◇◇◇ 俺がSAに戻ろうとしているときに、駐車場の脇で森さんと古泉が何やら話し込んでいるのに気がついた。 すぐに二人の前に出ようかと思ったが、 「彼の様子はどう?」 「昨日から少し様子がおかしいですね。朝倉涼子との一件かと思いましたが、その日の夜は特に変わったそぶりはなかったですね」 こんな二人の会話を聞いてしまうと出れなくなってしまう。まずい。やはり俺の変化を悟られているのか? 国木田ノートの一件もあるので、俺はそのまま身を潜めて二人の会話を盗み聞きすることにした。 「そう。何かきっかけになったようなものはあった? 些細なことでも教えて」 「そうですねぇ……そう言えば、昨日日記をつけていたようですが」 「日記? 以前はつけていた?」 「いえ、昨日僕も初めて気がつきましたね」 国木田ノートの話をしているのか。幸い古泉は日記だという俺の言葉を信じてくれているみたいだが、 どうやら森さんはその部分に何かを感じ取っているらしい。まずいな。余り深く追求されて、日記を見せろなんていわれれば 本当はそんなものを書いていないんだから出しようがない。荷物検査をされれば一発でノートの存在がばれるだろう。 こんなことならダミーの日記を作っておくべきだったか? ふと、俺の方に森さんの視線が向かっていることに気がついて、あわてて茂みの中に頭を引っ込める、 まずい、気がつかれたか? ここで盗み聞きをしていることまで見つかれば、余計森さんは疑惑を強めるだろう。 だが、幸いなことに森さんは俺の方に気がつかなかったらしく、古泉との会話を続ける。 「……まあ、いいでしょう。確かに全員に疲労があるのも事実だわ。特に不自然なところも見当たらない。 問題なしとして処理します」 「わかりました」 そう言うと二人はSAの建物の方に歩いていった。やれやれ。何とかばれずにすんだか。 俺は二人の姿が完全に見えなくなってからSAへ戻った。 ◇◇◇◇ SA内に戻ると、森さんたち機関一同が何やら談笑をしていた。いつもはキツイ表情で辺りを警戒しているというのに、 珍しく明るい笑顔を浮かべて何やら話し込んでいる。 一番以外なのは森さんだ。メイド姿の時は作り笑顔っぽかったし、朝比奈さんが誘拐された時は笑顔だったとはいえ、 あれは楽しさから来るものではなく、相手を脅迫する威圧のものだ。しかし、今の笑顔はまるで子供のように屈託のない笑顔を 浮かべている。それは――なんつーかだ。はっきり言って可愛い。表情から年齢を読み取りづらい森さんではあるが、 今の笑顔を見ている限りは俺と同い年ぐらいじゃないかと思いたくなるほどだ。 「お~い、キョン。お前何見とれてんだよ~」 気がつけば俺の肩に手を回して、ニヤニヤ顔を浮かべている谷口が隣にいる。俺はあわてて首を振って、 「別にただ何を話しているのかっと思ってみていただけ――」 「嘘だなウソUSO! おまえの視線は完全に森さんにロックオンされていたぜ。いくら言い訳しても俺の目はごまかせねえぞ」 お前の目ほど信用にならないものは無いと思うぞ。 そんな俺の疑惑の視線を完全に無視して、谷口は得意げに 「だがよー、おまえの気持ちもよーくわかるぜ。だって森さん可愛いじゃねえか。凛としたときは大人の魅力を、 笑ったときは少女の魅力は振りまくっているんだからな。俺は未だかつてあれクラスの女には出会ったことがねえぞ。 そうだな――朝倉のAA+以上のSS+の称号を与えるほどにだ」 「お前から与えられる称号なんて、ただ不名誉なだけだろ。大体、事実上のフィアンセがいるくせに、そんなに色気づいていて いいのか? 彼女が聞いたら悲しむぞ」 俺のズバリな指摘で谷口は動揺するかと思いきや、やたらと真剣な表情で俺の肩をつかんだかと思うと、 「良いかキョン。男ってのはな、悲しかな可愛い女性やりりしい女性に反応しちまうもんなんだ。 見てみろ。あんな笑顔を振りまく女性がいるってのに、欲情の一つもしないってのははっきり言って男失格だぜ? ずっと涼宮一直線だった不健康極まりないお前にはわからんだろうけどなぁ」 俺の知っている限りナンパ成功率0%で歩く公衆欲情マシーンのお前を基準に世界中の男の常識を語られても それこそ全人類の男性を敵に回すだけだぞ。 「あー? どうやらお前が眠りこけていた間に鍛え上げたナンパテクニックを見せてやらなきゃわからないようだな。 なら今から森さんに突撃しようぜ。俺の華麗な話術で森さんが独身かどうなのか聞き出してやるからよぉ」 そう言って嫌がる俺を引っ張り、機関組の話の中に突入する谷口だ。やれやれ。こいつは本当に変わっていないな。 それからしばらくの間、ここにいる全員で朝方の子供たちを送り出した後に行われる奥様方の井戸端会議の如く、 雑談に興じることになった。 森さんや新川さんの今までの活躍ぶりを多丸兄弟がおもしろおかしく話してくれた。 新川さんの戦地でもっとも危険な状態に追い込まれたときの話はやたらと緊迫したムードで聞くことに。 超能力者になりたての時の古泉の話は興味深く聞かせてもらったが、こっそりと古泉が耳をふさいでいたことが一番の収穫だな。 どうやらこいつでも見返したくない過去ってものがあるようだ。しばらくはこのネタでからかってやるか。 ちなみに谷口の巧妙なる話術による『森さんは独身なのか否か聞き出してやる作戦』は見事な森さんの会話テクニックにより、 すべて煙に巻かれてしまった。ところで谷口。お前の巧妙なる口説き文句って歯の浮くような露骨ものばかりだぞ。 2年間経っても全く成長していねえじゃねえか。ま、せっかく可愛い彼女がいるんだから、身の丈をきっちり把握して あまり無茶な色気は出さない方が身のためってところだな。 この数時間の雑談の間、俺は完全に国木田ノートの存在を忘れてしまっていた。ここまで機関の人たちと心ゆくまで話したのは 初めてだったが、みんなこれ以上ないほどにいい人たちだ。こんな人たちを疑うなんてどうかしている。 この時、国木田ノートを破り捨てることができれば良かったんだが…… ◇◇◇◇ その日の夜。相変わらず機関の人たちは周辺への警戒で出払っていた。あれだけ動き回っていると休息にならないんじゃないか? と思いつつも、今の俺には出払ってくれてもらっていた方が好都合だ。谷口は俺の護衛って事でここにいるが、 さっきから携帯ゲームに夢中になっているから無視しても問題ないだろう、 俺は谷口から少し離れたところに座り、国木田ノートを取り出す。機関の人たちと雑談を満喫した後で このノートを開くのははっきり言って気が進まなかった。むしろ、古泉たちにこいつを差し出してしまいたくなる。 しかし――今までのノートの内容を思い出していくにつれ、さっきまでのワイワイ気分が薄れていった。 機関がこの閉鎖空間発生に何らかの形で関与している。これに興味や好奇心、猜疑心が揺すぶられない方が どうかしているってもんだ。 俺は首を2,3回振ってノートを開いた。機関が何かをたくらんでいても、森さんや古泉がそれを知らない可能性だって 十分にあり得るんだから。そうならすぐに古泉にこいつを差し出して、その陰謀を打ち砕いてやればいい。 ただ、用心を用心を重ねておいた方がいいと思い、いざ誰かに見つかっても日記帳だとごまかせるように、 ボールペンを手に持っておく。ノートの後ろのページは何も書かれていない白紙だったのでそこに何かを書いているふりで ごまかせるだろう。 『Eメールの本文は【君が知りたいものを送る】とだけ書かれていた。ウィルスメールかスパムかと思ったけど、 いざ添付ファイルを開いてみると、膨大な量の資料があったんだ。全部読むのに三日間はかかったね。 で、肝心のその内容だけどどれも衝撃的なものばかりだった。かなり複雑かつ膨大な量の内容のため、 僕なりにまとめた上で目的別にその真相を記していく』 次のページからの内容に俺は……はっきり言おう。怒りを覚えた。さっきまでの楽しい雰囲気なんて完全に飛散して 世界中で怒鳴り散らしても収まらないほどに。 『まず、全ての始まりであるキョンが事故にあった件は予想通り機関が関与していた。 事故を装ってキョンに怪我を負わそうとしたんだ。キョンが死に至る可能性は考慮されたけど、 機関内では涼宮さんがそれをさせないと結論を出したみたい。そして、それは実行され予想通りキョンは事故にあったにも かかわらず無傷の状態になっていた。けど、そのままでは何もならないので、気絶している間に薬物を投与し 昏睡状態に陥らせてたんだ。継続して薬物の投与できるように機関の息のかかった病院に入院までさせた』 ――俺は怒りで震える手を押さえつつ先を読む。 『どうしてこんなことをしたのか。その理由はあの涼宮さんの情報創造能力が目的だった。 機関はあの能力を手に入れようとしていたみたい。けど、能力を人に渡すなんていうことはできないから、 涼宮さんにショックを与えて呆然喪失状態に追い込み、あとは薬物でも何でも使って何でも言うことが聞く人形に仕立て上げようと した。事実、キョンが入院してからというもの涼宮さんの精神状態はきわめて不安定状態になり、 閉鎖空間の発生が乱発していた。機関はその心の隙間を利用して涼宮さんに近づこうとしていた』 なぜだ? 機関は内部に異論があるとはいえ、大半はずっと現状維持を貫いてきたはずだ。 どうしてここに来てハルヒの能力を手に入れるなんて言うばかげたことを考え始めたんだ? 俺はページをめくって読み進める。そこにはまるで俺の疑問に答えるかのような内容が書かれていた。 『機関はずっと涼宮さんの精神状態を安定させて、現状を維持するという方策をとり続けてきた。 涼宮さんがどれだけすごい能力を持っていたところで、しょせん地域限定の超能力者を保有しているだけの機関では 利用のしようがなかったからね。それに情報統合思念体という強大な勢力が涼宮さんの観察を続けている以上、 手出しは厳禁と言っても良い。うかつなことをして彼らの怒りを買えば、一瞬でこんな地球なんて滅ぼされるかもしれない。 だからこそ、現状維持を貫いてきたんだ。でも、ここに来てその状態を覆す存在が現れた。それが情報統合思念体が天蓋領域と 呼ぶ勢力。彼らもまた涼宮さんの能力に興味を示していた』 別の宇宙人勢力の出現により力の均衡が変化したと思ったのか。スケールは壮大だが、考えることはしょせん人間って事だな。 『ちょっと話が逸れるけど、機関の中心的メンバーには結構なナショナリストがいたりする。ま、いわゆる極右って奴だね。 そう言う人間は多くのTFEI端末を派遣し、いつでも地球を握りつぶせる勢力である情報統合思念体に恐怖する一方 反発もしていた。事実上地球は情報統合思念体に支配されているに等しい。我々は彼らに媚びを売って生きていくことしか できていないと。だから、どうにかして現在の状況を変えてやりたいと思っていた。涼宮さんの能力を使えば 情報統合思念体の影響力を地球から排除して、真の独立を得られる。しかし、その能力は一人の少女の気まぐれでしか使えない。 またたとえ身柄を拘束しても使い方がわからない。そんな行き止まりの状態に希望の光となったのが天蓋領域だった。 彼らの協力を得られれば、涼宮さんの能力を使い放題にできるかも知れない。実のところ、情報統合思念体にも同様の協力を 要請していたらしいけどつっぱねられたみたいだね。でも、天蓋領域と接触して交渉した結果、彼らはあっさりと了承した。 捕獲は機関が行い、その能力の解析を天蓋領域が行い、涼宮さんの能力を機関・天蓋領域で共有して使用するという条件で。 全くひどい話だよ。本人の意志は完全に無視だから』 本当にひどい話だ。ハルヒの意志は完全に無視して、そんな野望をたくらんでいやがったのか。 『その目的でキョンは昏睡状態に追い込まれた。情報統合思念体も動こうとしたけど、天蓋領域が本格的に牽制を始めて にらみ合いの状態になっていたらしく手出しができなかった。その間に機関の計画は着々と進行し、 ついに涼宮さんは部室に閉じこもりっきりの状態まで追い込まれてしまっていた。後はそこで彼女の身柄を拘束して 作戦の第一段階は完了する予定だった』 ――次のページをめくり―― 『でも、身柄拘束の際に予想外の事が起こった。涼宮さんが現実世界にあの青白い巨人――神人を世界中に発生させたんだ。 どうやら襲いかかってくる人たちをすべてなぎ倒そうと思ってしまったみたいだね。そこまで追いつめられていって事だよ。 結局、機関はその場で身柄を押さえることができず世界中の神人の対処に追われ、作戦は事実上失敗に終わった。 でも、それでも機関はまだ諦めなかった。しつこいことに次の作戦を実行に移そうと――』 ――ここで、俺の視線に人影が入る。あわててノートの最終ページを開いて、何かを書いているふりを始める。 視線をちょっと上げてみると、多丸兄弟が見回りから戻ってきたらしい。ちょうど俺の前を歩いて通過していた。 以前ならまじめな顔で歩いているだけにしか見えなかっただろうが、今では全身から何か黒いものを吐きだしているように見えた。 この人たちが心底機関のやり方に賛同しているなら、一緒にいることは危険だ。 俺はノートを閉じ、荷物の中に隠す。見れば、森さんたちもSA内に引き上げ始めていた。 今日はこれ以上読むのはまずい。続きは明日にするしかないが、まだ肝心な部分が読めていなかった。 今俺たちが北高へ何をしに向かっているかの部分だ。それを読まない限り、俺が今後どうするかはまだ決められないんだ。 ふと空を見上げると、灰色の空に灰色の月が昇っている…… ◇◇◇◇ 俺は朝早くにまたトイレと偽ってSAを抜け出した。もちろん国木田ノートを読むためだ。 移動再開まであと二日あるが、機関の本当の目的がわかった以上、早く全てを読み終えて対策を練らなきゃいかん。 少なくともこれ以上古泉たちと一緒に移動するのは危険だ。 ――ふと、俺は古泉のニヤケスマイルが脳裏に浮かべた。あいつはどうなんだろうか? SOS団に入ったときはさておき 最近では副団長の地位に満足していると言い、SOS団のためなら機関を一度だけ裏切るとまで言ってのけた。 2年経ってもその考えは同じなんだろうか? それともその発言そのものが俺を安心させるためだけの方便だったのか? いや、そんなことを今考えても仕方がない。とにかくノートを読み終えなくては判断のしようがないんだ。 『しつこいことに次の作戦を実行に移そうと動き始めた。神人を全て排除した時には北高を中心に巨大な閉鎖空間が発生して、 うかつに近寄れない状態。最初はもう一度超能力者を使った上で、特殊部隊を突入させて涼宮さんを捕らえようと考えた。 でも北高に行った人たちは誰一人として帰ってこなかった。どうやらもう力押しではどうにもならないと理解した機関は、 路線を変更する。まず機関の存在を世界に知らしめ、閉鎖空間の発生原因が涼宮さんにあると宣言した。 世界中が訳のわからない化け物と灰色空間でめちゃめちゃの状態に併せて、神人を撃退したという実績のおかげで 世界からはすんなりと機関の存在と主張は受け入れられたよ。そうやって機関は世界中の協力を得られる立場になった』 自分たちがその原因を作ったくせに、ぬけぬけとハルヒに全責任を追いやるなんて、機関の連中の程度が知れる。 『機関は自由に世界中の軍事力を利用して、閉鎖空間の状況を調べた。どこまで入れるのか。どこが危険なのか。 徹底的に人的資源を使って調べ尽くしたよ。一方でキョンの存在が涼宮さんに与える影響についても調査を行った。 どうやら涼宮さんはキョンの存在を認知しているみたいで、閉鎖空間に近づけると拡大が停止するという 具体的な効果も確認できた。そこで機関は準備が整い次第キョンを目覚めさせて閉鎖空間に突入するという作戦を立てた。 当然嘘の情報を与えて涼宮さんを救い出そうという気持ちにさせた上でね。ただ、キョンも見知らぬ人と一緒に行動するのでは 精神的に不安定になる可能性もあるから、顔見知りの機関の人たちと僕と谷口が突入部隊に選ばれた。 そして、国連軍による大攻勢も失敗した時点で最後の手段になるこの作戦が実行されることになった』 具体的な作戦内容はないのか? 北高についてから何をするかとか…… その答えは次のページに書かれていた。 『作戦は短絡的といっても良いようなもので、まずキョンを北高に連れて行く。当然、涼宮さんはキョンを攻撃できないから 高い確率で無事につけるはず。そして、涼宮さんを確保後、彼女の目の前でキョンを殺害し混乱状態に陥ったところで 薬物注射により思考能力を奪う。これで何でも言うことの聞く人形のできあがりってわけだね。キョンはあくまでも機関の人を 無事に北高に送り届けるための道具に過ぎない』 あいつら……! 散々人を騙しておいて、最後は俺を殺すつもりだったのかよ! なんて野郎どもだよ! 怒りで目の前が真っ赤になる。頭の血管の一つが切れて、血が吹き出るんじゃないかと言うほど血が上っていた。 だが、まだ続きがある。 『この作戦がわかった時点で、僕は一度機関から脱走しようと思った。だけど、すぐに思い直したよ。 ここで逃げ出してもすぐに追っ手が来るだろうし、僕に関係なく作戦は実行されるだろうしね。 僕はあくまでも念には念をってだけの利用価値しかないから。だから、逆にこの作戦を阻止してやろうと思った。 北高についてキョンと涼宮さんを守る。そうすれば、あとは涼宮さんが機関をどうにかしてくれるだろうし、 そうなれば閉鎖空間も必要なくなる。それで全てが終わるんだ。同じ事を谷口にも話した。でも、谷口は僕以上にまずい――』 「何を読んでいるんだい?」 唐突に浴びせられた声に、俺ははっと顔を見上げた。見れば目の前には多丸圭一さんの姿が。 俺は驚きのあまり2,3歩後ずさりしながら、 「い、いえ……大したもんじゃないですよ……?」 完全な失策だ。ノートの内容に没頭する余り、周りの状況が全く見えていなかった。今更茂みに隠れて日記を書いていました なんていう言い訳なんて失笑ものだ。かといって、正直に言えば何をされるかわかったもんじゃない。どうする――どうする? 俺はこうなったら逃げるしかないと思い、さらに数歩後ろに歩いた辺りで気がついた。いつの間にか、俺の手から 国木田ノートがなくなっていることにだ。 「へえ、これ彼のものなんだ。厳重な監視下にあったはずなのに、よくこんなものを書けたもんだね」 背後から聞こえてきた声に、俺はとっさに振り返る。見れば、いつの間にやら背後に経っていた多丸裕さんの姿があり、 その手にはノートがあった。数ページぺらぺらとめくって内容を流し見している。 「返せっ! この野郎っ!」 俺は裕さんに飛びかかりノートを取り返そうとするが、ひらりとかわされてしまう。そして、裕さんは懐から拳銃を取り出すと、 俺に銃口を向けながら圭一さんのそばに移動した。 圭一さんは裕さんからノートを受け取ると、その内容を確認し始めた。すぐにでも取り返してやりたいが、 裕さんが銃口を俺にぴったり向けているので全く動けねえ。 やがて、ノートの内容を読み終えたのか、圭一さんはそれを閉じると、 「……なるほどな。これは非常に興味深い話が書かれているようだ。創作にしては良くできているんじゃないかい?」 そうにこやかな笑顔で俺に言ってきた。俺はその言葉に激高して、 「創作だって!? 白々しい嘘をつきやがって! 国木田がそんなことをやる理由はねえ!」 「彼はこの内容を信じて書いたのかも知れないが、どんな証拠があるというんだい?」 その反論に俺はうっとうなってしまう。証拠を見せろと言われても正直そのノートだとしか言いようがない。 だが、俺には国木田がでまかせや妄想を書いていたんじゃないと確信していた。そんなことをする理由なんて全くないからな。 大体、そんなものを俺に渡して何になる? 一向にノートは創作って事を受け入れない俺に業を煮やしたのか、圭一さんは裕さんにノートを預けると、 「……どうやらひどい誇大妄想を見せられて混乱してしまっているようだな。一つ懲らしめて目を覚まさせてあげよう」 そう言って拳をならしながら俺の方に向かって歩いてくる。身構えるか、逃げたいという気持ちはあるが、 裕さんに銃口を突きつけられている状態じゃ―― 「――ぶっ!?」 腹を捻り切られそうな衝撃で、俺の口から胃液が飛び出した。何が起こったのか理解できず、そのまま地面に膝をつく。 しばらく胃をさすり、気管周辺にたまっていた胃液をはき出そうと咳き込んでいたが、ようやく何が起こったのか理解できた。 一瞬の間に間合いを詰めた圭一さんが俺の腹を思いっきり殴りつけてきたようだ。俺は圭一さんから視線を外さなかったのに、 いつの間にこんな近くまで来ていやがったんだ―― 今度はこめかみ辺りに強い衝撃が与えられ、その勢いで地面に倒れ込んでしまう。激しく脳を揺さぶられたためか、 視界が揺れて安定しない。どうやら今度は頭を殴られたらしい。ちくしょう、圭一さんの動きが全く見えねえ…… 「どうだい? 少しは目が覚めたかな?」 俺の耳に、圭一さんの飄々とした声が届く。俺は自分の意思示すために、顔だけを上げちょうど真上に位置していた 圭一さんの顔をにらみつけながら、 「腹と頭の痛みはひどいが、残念ながら考えを変える気は全くないね……!」 そう言いきる。すると、圭一さんは困ったようにこめかみを掻き上げ、 「……そうか。どうやらお灸を据えても効果がないようだな。できればこれ以上手荒なことはしたくなかったんだが」 「君は筋金入りのバカみたいだね。抵抗しても無駄だってわからないのかい?」 少し離れたところから聞こえる裕さんの声。姿は見えないが、まだ拳銃は構えているだろう。 と、ここで国木田ノートの内容を思い出す。俺はハルヒのいる場所までたどり着くための大切な『道具』とされていた。 だったら、こんなところで俺を殺す事なんてできないはず。 俺は力を振り絞って立ち上がると、 「へっ……。手荒な事って何だよ。お前らは俺が必要なんだろ? いくら殴ったところで殺すことができないんじゃ こけおどしに過ぎねえんだよ……!」 口の中に残っていた胃液をはき出す。だが、多丸兄弟は二人で顔を見合わせると、軽く笑い声を上げて、 「君の言うとおりだ。確かに君なしでは目的地への到着はほぼ不可能になるだろう。だから我々には君は殺せない」 「でもね、言うことを聞かせるためには暴力しかないって言うのは短絡的じゃないの? 他にいくらでも方法はあるさ。例えば」 圭一さんに続いて口を開いた裕さんは耳に付けられている無線機に手を当てて、 「例えば、この無線機で君の大切な人を今すぐ殺してくれと、指示を出すとか。当然、君がこちらの指示に 従わなかったときだけどね。誰が良いかな……最初から家族だと勿体ない……そうだ、確か昔付き合っていた可愛らしい女の子が いたよね? この無線一本で彼女をとんでもなくひどい目に遭わせることだってできるんだ」 ……佐々木か!? ふざけんじゃねえ! 指一つでも触れてみろ! 絶対に未来永劫てめえらの指示なんて従わねえぞ! だが、裕さんは表情一つ変えずに、 「無論、率先してやるつもりはないよ。これはあくまでも君との交渉の一環だからね。君が僕たちの指示に従えば そんな悲劇は起こらずにすむんだ。ああ、でもあまり駄々をこねると見せしめが必要になるかも知れないよ」 「そう言うのは交渉とは言わずに、脅迫って言うんだよ……!」 怒りの身体を震わせる俺だったが、はっきり言ってどうしようもない。 このままでは佐々木や家族が犠牲になるかも知れないんだ。それだけはどんなことがあっても…… ……いや待て。そういや、古泉が言っていなかったか? ここだと無線での連絡ももう取れないって。 その事実を思い出したとたん、俺は勝ち誇ったような気分になり、 「だからどうしたってんだ。そんな脅迫に応じるつもりはねえよ。勝手にやればいいさ。できるならな」 急に強気になった俺を見た多丸兄弟は、不思議そうに顔を見合わせるが、やがて二人そろって嘆息し、 「仕方ないな。こういう手段は好きじゃないんだが……」 「意外と傲慢な人間だったんだね。でも、後悔することになるよ」 「好きにしやがれ」 俺は耳に入った二人の言葉を吐き捨てるように言う。これは完全なハッタリだ。無線連絡はここから確実にできない。 だからこそ、二人はまるでこっちの焦りを誘うように、じっと見つめたまま一向に指示を出そうとしないんだ。 だが、次の裕さんの言葉で俺の足が自然と動いた。 「君の要望通りにしてあげるよ。あ、ひょっとしてここからじゃ無線は届かないからハッタリだと思っている? それなら無線が使える地域まで移動すればいいだけさ。そんなに遠くじゃないからね」 「……この野郎っ!」 俺は全力で一番近くにいた圭一さんに飛びかかった。さすがにこの動作は予測していなかったのか、 俺の体当たりを完全に食らった圭一さんは俺ごと茂みに突っ込む――次の瞬間、俺に強烈な落下感が襲った。 茂みの向こう側が高さ5~6メートルの崖になっていたのだ。 俺たち二人は組み合いながら悲鳴を上げて落下する。着地と同時に鈍い衝撃が俺を襲うが、運良く圭一さんがクッションに になったおかげでダメージは思ったより大きくない。だが、感謝なんかしねえぞ。 一方、二人分の重量の衝撃を背中に受けた圭一さんが少しもだえるような表情を見せたが、すぐに立ち上がると どこから取り出したのか右手に構えたナイフを俺に斬りつけてきた。 斬撃をかわすべく俺は圭一さんと距離を取ろうとして気がつく。俺たちがいる場所は崖の途中にある出っ張りの上に過ぎず、 少しでも動けばまた10メートル程度下まで落ちてしまう。これじゃ、まともに避けられねえぞ。 すぐに自動小銃を構えようとするが、どこにもないことに気がついた。ノートを読んでいたときは肩にかけていたはずだ。 恐らく圭一さんに殴られたときにどこかに落としてしまったのかも知れない。あるのは腰にある拳銃だけ―― だが、圭一さんがそれを抜かせる時間を与えてくれるわけもなく、またナイフで俺に襲いかかる。 とっさにナイフが握られている腕をつかみ、必死にそれの移動を妨げようとするが、力の差は歴然だ。 ゆっくりとナイフの刃が俺に向けられてくる。おまけに圭一さんの顔は完全に怒りに染まっていた。 おいおい! 我を忘れて俺を殺すか!? このままではやられる。そう判断した俺は、一か八かで足払いをかけた。腕に集中力が向けられていたためか 圭一さんはあっさりとバランスを崩す。俺は間髪入れずに崖の下へ突き落とそうと、力の限りはねとばそうとするが、 「うわっ!」 思わず悲鳴を上げたのは俺だ。崖の下に落下し始めた圭一さんは死なばもろともと言わんばかりに、俺の迷彩服の胸ぐらを つかんだからだ。当然、不意打ち状態だった俺は一緒に崖下へと落下する。 ………… ………… ………… 俺は自分が意識を失っていることに気がつき、はっと目を覚まして起き上がった。周りを見ればすぐ隣に横たわった圭一さんの 身体がある。目を見開いたまま指一つ動かなかったが、それもそのはずだ。まるで仕組まれたかのように眉間にナイフが 突き立てられているからだ。完全に……死んでいる。 「うっ……」 始めて見る死体に、俺は猛烈な嘔吐感に襲われた。あまりのひどさにリバース寸前まで来たが、すぐにそれも収まった。 目の前の木に一発の銃弾が命中したからだ。とんできた方向を考えれば、俺の頭すれすれに放たれたものだったということは すぐにわかった。 俺はとっさに近くの岩の陰に身を潜める。すぐに3発の銃弾が俺のそばに着弾した。 どうやら裕さんが俺を銃で狙っているようだ。 「くっそ……もう何が何やら……」 はっきり言って展開が急すぎてついて行けていない。頭の中は大パニック状態だぜ。 そう愚痴りつつも、俺は拳銃を取り出し裕さんの姿を探し始める。と、崖の上をちらりとかすめる影の存在に気がついた。 移動していく先は緩やかな下り坂になっていて、その内崖下につながるだろう。隠れている場所を把握されている以上、 こっちも移動しないとまずいな。 俺は足音を殺しつつ、別の岩の陰に隠れた。この位置なら裕さんが移動している下り坂がよく見えるはずだ。 「……いた」 予想は大当たりだった。裕さんはまだ俺が移動したことに気がついていないのか、拳銃を構えながら堂々と崖下めざして 歩いている。拳銃で狙うには距離が遠すぎるが、弾は届く距離だ。 銃を構えようとして一瞬躊躇という言葉が脳裏に過ぎった。圭一さんの死は事故だ。偶然といっても良い。 だが、今から俺がやろうとしていることは完全に裕さんを殺すという行為だ。当たり前の話だが、俺は生まれてこの方 人を殺したことなんてない。朝倉は宇宙人だから例外だ。そんな俺に撃てるのか? ――彼女をとんでもなくひどい目に遭わせることだってできるんだ―― 裕さんの言葉が脳内にリピートされた瞬間、俺の頭から躊躇なんていう感情は完全消滅した。ここで撃たなければ、 佐々木や俺の家族の命が危ないんだ。迷っている暇はねえ。やるしか…… ゆっくりと銃口を歩く裕さんの方に向ける。向こうはまだ俺に気がついていない。撃ち合いになれば勝てる相手ではない以上、 ここで確実に仕留めるしかない。 撃て、撃て、撃て、撃て――当たれ、当たれ、当たれ、当たれ…… 俺は念じるように唱え、そして拳銃の引き金を引いた。パンという鼓膜を貫く発砲音と硝煙匂い。 やがて、裕さんの歩みが止まりぐらりと崖下へとその身を落下させる。 「……当たった」 俺は呆然とつぶやいた。一発で命中し、裕さんはそれで命を散らせた。そう俺は裕さんを撃ち殺した―― 殺人を自覚したとき、俺はもう嘔吐感に抵抗もできずもどし始めた。人を殺したという感覚。 ドキュメンタリーかなんかでこういった症状を引き起こすことがあるっていうのは知っていたがこれほどとは…… 数分間、そのまま俺は動くことができなかったが、はっと気がつく。さっきの発砲音を聞きつけて森さんたちが こっちにやってくるかもしれない。その前にノートを回収してとっとと身を隠さなければ。 今なら俺が機関の事実を知ったのではなく、敵に襲われたと言い逃れができるかも知れないんだから。 俺は岩陰から飛び出すと、裕さんの死体に駆け寄る。こめかみに銃弾が直撃したみたいで即死だったようだ。 自分が死んだことすら理解していないように、目を見開いたままぴくりとも動かなかった。 幸いなことに、手にはノートがしっかりと握られていたので、それを引きはがすように取り戻すと立ち上がって―― 「どこに行くつもりですかな?」 俺の後頭部に冷たいものが押しつけられていることに気がついて、身体が硬直した。同時に聞こえてきた声の主は、 「……新川さん。見ていたんですか?」 「ええ、一部始終全て見させて頂きました」 新川さんも多丸兄弟と同じように、いつもと変わらぬ口調だった。だが、明らかに俺の後頭部に押しつけられているのは 拳銃だ。そして、すぐにでも引き金を引きそうな殺気がそこから放たれていることを感じる。 と、今度は崖の上から誰かが飛び降りてきた。森さんだ。 しばらく地面に死体となって転がっている多丸兄弟を一瞥した後、俺の目をしっかりと見つめて、 「……面倒なことをしてくれましたね」 そう冷たく言い放った。その時の森さんには昨日見た屈託のない少女の顔はなく、恐ろしいほどに洗練された殺し屋の 素顔があった。 ◇◇◇◇ 「話せ、この野郎っ!」 俺は森さんと新川さんに両腕を掴まれ、SAの駐車場に連行された。そこには困ったような表情を浮かべる古泉と、 ばつが悪そうに目をそらす谷口の姿があった。どうやらこの二人も完全にグルみたいだな。 やがて、俺は古泉たちの前に跪かせるように座らせられた。両腕をがっちりと固められたままなので、 まるで磔に架けられたような感覚に陥る。 そんな俺を古泉の野郎は目を細めてしばらく見つけていたが、やがてわざとらしく大きなため息を吐くと、 「全く面倒なことをしてくれましたね。この先は更なる障害があるだろうと予測はしていましたけど、 まさかあなたが反乱を起こすとは思っていませんでした」 「……反乱だと? 今まで俺を散々だましていたのはどっちだ」 俺は森さんと同じことを言うニヤケ野郎を睨み付ける。だが、古泉は全く動じることなく、 「仕方がないでしょう? 本当のことを言えば、あなたが僕たちに協力する可能性は皆無ですから」 「当たり前だろうが! お前ら機関はハルヒに全責任を押し付けただけじゃなくて、ハルヒの意思を無視して 能力だけを奪い取ろうとしたんだ。絶対に許せねえ」 「ですが、それも仕方のないこと」 俺の怒りに返答してきたのは、新川さんだった。じっと俺の目を見つめ、言葉を続ける。 「あなたには理解できないことなのでしょう。TFEI端末や情報統合思念体というものがどれほどのものか 直に見たことがないのですから。ですが、私たちはその強大な力にずっと触れ続けてきました。 彼らの力は私たちの住む世界など指一つ動かすだけで作りかえられます。この星の存在が危険だと認識すれば 即座に抹消されるかもしれませんな。所詮はこの世界など彼らの手のひらの上で踊るちっぽけな存在でしかない」 新川さんに続き、森さんも口を開く。 「機関という組織ができ、TFEI端末と初めて接触したその日から私たちはただおびえる毎日でした。 気の向くままに世界を作り変えかねない涼宮ハルヒという存在と情報統合思念体という強大な存在の両方に。 そんな中、私たちができることは涼宮ハルヒの精神状態を安定させ、情報統合思念体の観察に 支障をきたさないことだけです。そのため機関は奔走する羽目になりました。まるで主に仕える奴隷のようにです。 そんな状態に私たちはいつまで耐えればよいのですか?」 その問いかけに俺は答えられず黙っていることしかできなかった。さらに森さんは続ける。 「機関だけではなく、この世界そのものが涼宮ハルヒと情報統合思念体の玩具にすぎないのです。 だからこそ、私たちはその奴隷・モルモット的状態に陥っている世界を救わなければなりません。 ですが、その方法が全く見つからなかった。どうすればよいのかすらわからなかった。 そんな袋小路の状態のときに、ようやく救世主が現れた」 「……天蓋領域ってやつか」 「その通りです。彼らは涼宮ハルヒの存在に強い興味を示していましたが、彼らもまた情報統合思念体により その行動が移せずにいたのです。この時点で両者の利害は完全に一致していて、協力関係になるまで さほど時間を有しませんでした。機関は涼宮ハルヒを天蓋領域に提供する代わりに、その能力を使わせてもらう。 情報統合思念体などという全てを超越した存在に対抗できるだけの力を有することができれば、 人類は強大な存在に縛られず、自由に自らの意思で判断できるようになり、真の独立を勝ち取れるのです」 森さんの演説じみた言葉は、国木田ノートに書かれていたことと全く同じだった。 もうノートの内容に間違いはないと思っていいだろう。 古泉は二人の演説を黙って聞いていたが、やがて腕を組んで俺に見下すように顔を近づけると、 「どうですか? お二方の主張を聞いても、まだ僕たちに協力する気にはなりませんか? 拘束状態から脱して、自由を得るということは人間なら誰しも望むことですよ?」 「……そのためにはハルヒがどうなってもいいって言うのかよ?」 「やむ得ないと考えられます。大事の前の小事なんて考えるに値しません。恨むのなら、涼宮さんがあのような能力を 持ってしまったことを恨むしかないですね」 古泉は表情一つ変えずに淡々と言ってくる。 はっきり言って納得できねえし、理解する気もねえ。確かに機関の主張は誤りではないだろう。 だが、ハルヒが神がかり的な能力を得てから4年間、水面下ではいろいろあったとはいえ 世界は特に変化なく続いていたはずだ。それをぶち壊して混乱状態に置いたのは機関じゃねえか。 こんな惨事になるくらいなら、そのままハルヒをそっとしておいた方がずっとマシだったんだ。 一向に納得しない古泉は珍しくいらだちの表情を浮かべて、 「わかりませんかねぇ……自決権の取得は何に変えても保持しておくべきものなんですよ。 それが民族的感情というものです。どうしてあなたはそれを理解しようとしないんですか?」 「俺はそんなものなんて意識したこともないし、たとえ意識した今でも今までどおりの生活が続けられるなら 必要ないと断言できるぞ。確かにおまえら機関の働きがあってこそだから、それには素直に感謝するけどな。 だが、プライドだけにこだわった自決権とやらを得るためには、どんな犠牲を払ってもかまわないと言い出すなら 大きなお世話だと言ってやる」 「人類の生存権を取り戻すためには多少の犠牲は避けて通れません。それに涼宮さんはやむえない犠牲として、 また人類を救った英雄としてずっと祭られ続けるんです。悪くない待遇だと思いますよ?」 「それも気にいらねえ。まるでハルヒを道具か何かとして見ていやがるからな」 「人類が独立するためには神ですら利用する。それが生存本能というものです」 「……古泉、もういいわ」 俺と古泉の会話をぶった切ったのは森さんだった。いつの間にやら、その手には薬物らしきものが入った 注射器が握られている。 「これ以上説得しても無駄だと判断します。ですが、人類の悲願達成のためにはどうしてもあなたの力が要る。 そのためにはどんな手段でも用いるつもりです」 「……また脅迫か。言っておくが、俺の知り合いに少しでも手を出したら、二度と協力なんてしないぞ。 当然、手を出さなくても協力するつもりはねえけどな」 俺はそう森さんに強がって見せるが、正直どうすればいいのかわからなかった。本当に佐々木や家族たちに 手を出されたらどうする? しかし、だからといってハルヒを代わりにに差し出すなんてことはできない。 だが、森さんから返ってきた言葉は予想外のものだった。 「いいえ。脅迫という手段は時として有効です。そうすれば、あなたの身体は私たちの指示に従うでしょうけど、 心は反発したままです。そのような不確定要素を保持したまま作戦の遂行に支障をきたしかねません。 ですから、薬物注射であなたの思考能力を奪います。こちらとしてはあなたの外見上の存在だけでも 十分に大きな効果が期待できると考えていますので」 森さんの手に握られた注射器が俺に向けられる。どうやら、あれは何でも言うことを聞かせられるようになる 魔法の薬のようだな。冗談じゃねえぞ。あれを挿されたらもう反抗のしようがなくなる。 俺は必死にそうはさせまいと森さんと新川さんを振りほどこうとするが、力の差は歴然のようでびくとも動かない。 一方で古泉はただニヤニヤしながら、俺に注射器が刺さるのを見つめている。 「古泉! おまえはSOS団にいたときに言っていたじゃないか! 今ではSOS団副団長としての立場の方がいいって! 機関を一度だけ裏切るとも言っていたよな! あれは全部うそだったのか!?」 「……懐かしい話ですね。当然、方便に過ぎませんよ? あなたや涼宮さんに取り入るためのでまかせです。 僕があくまでも機関から派遣された人間であることをお忘れですか?」 冷酷に言い放つ古泉に俺は愕然としてしまった。全部嘘だったってのか? 俺はそんな嘘にころっと騙されて…… ゆっくりと俺の腕に注射器が近づけられてくる。抵抗もできず、助けも呼べない。もうどうすることもできないのか。 ――だが、突然森さんと新川さんが俺の両腕を離し、後方へ飛びのいた。同時に俺の両脇を銃弾が飛んでいく。 何が起きたのかわからず、俺は辺りを見回すとやや離れた場所に谷口が立っているのが見えた。 どういうわけだか、俺――いや、森さんたちに自動小銃の銃口を向けている。そして、 「キョン! 早く逃げろっ! 急げっ!」 そう言いながら今度は古泉に向けて撃ち始めた。理由はわからんが、とにかく感謝するぞ谷口。 俺はすぐに近くの林に向かって走り始めた。谷口も俺をかばうように銃を撃ちながら続いてくる。 「すまねえ谷口! 恩にきるぞ!」 「いいからとっとと走れよっ! すぐ追いついてくるぞ!」 谷口の言うとおりだった。俺たちがようやく林に飛び込んだあたりで、 「新川――!」 遠くから森さんの声が聞こえてくる。そして、次の瞬間一発の銃声が鳴り響き、後ろを走っていた谷口の身体が 前のめりに倒れようとしていた。俺はあわてて足を止めて谷口の身体を支える。 見れば、のどの一部から大量の出血が起きていた。谷口自身はショック状態に陥っているのか、 ほうけた表情のまま声一つ上げずに固まっている。撃たれたのは確実だった。 「くそっ!」 俺はすぐに谷口を背負うと、林の中を走り始めた。 ◇◇◇◇ 「谷口っ! おいしっかりしろよっ!」 俺は林の中にあったくぼみの中に逃げ込み、そこで谷口の容態を確認していた。喉の辺りを銃弾が貫通したようで 出血がひどく、全く手の施しようがない。このままではいずれ死に至るだろう。 だが、治療なんて俺にはできるはずもなく、ただ小声で谷口を呼びかけることしかできなかった。 「……すまねぇ……」 ようやく自分が瀕死の状態であることを理解したらしい谷口は、ほそぼそと俺に語りかける。 俺は今にも泣き出しそうな気持ちで、 「謝るのは俺の方だっ! どうして……なんで俺をいきなり助けたりしたんだよ……!」 「……我慢できなかった……これ以上、お前を……キョンを裏切り続ける……ことが……」 「だからってお前が死んだら意味がないだろうがっ! 頼む! 死ぬなっ!」 俺の必死に呼びかけに応じたとしても、谷口の容態が回復するわけもなく、次第に顔は白くなり 手も血の気が引いたようになってきた。俺は……ただそれを見ていることしかできなかった…… しばらく、谷口は息苦しそうに呼吸を続けていたが、やがて俺の手を握ると、 「キョン……ごめんな……騙しちまってごめんな……」 「いいんだっ……気にするなっ……」 もう俺の目からは土砂降りのごとく涙があふれ出ていた。長く付き合ってきた友人が目の前で息絶えようとしている。 そして、俺はそれを見ていることしかできない。悲しさと悔しさともどかしさが入り混じり、頭がおかしくなりそうだった。 そして、谷口が続けた言葉。俺はこれで完全に我を忘れてしまう。 「こんなことやりたくなかったんだ……。でも、あの子と家族が人質にとられていて……」 これを聴いた瞬間、俺は頭が爆発するんじゃないかというほどの血が上り、ひどい頭痛とめまいに襲われた。 ノートは全部読めなかった。だが、最後に書いてあった内容に、谷口は国木田以上にまずい状態にあるとされていた。 それが家族や恋人を人質にとられているっていうことだったのだろう。 「機関にスカウトされたときに……俺は最初は断ったんだ……でも、そうしたら奴らあの子が どうなってもいいのか言い出しやがった……当然、家族もだ……俺はNOとは言えなかった」 目もうつろで谷口は独白するように続ける。やがて、俺の方に顔を向けると、 「俺が死んだら……あの子と家族はどうなるんだろう……?」 「……わからない」 谷口の問いかけに俺は首を振って答えることしかできなかった。 次第に、俺の手を握っている谷口の力が弱くなっていく。 「キョン……頼む……あの子と俺の家族を……助け……助けて……」 その言葉を最後に、谷口の口が動かなくなった。俺の手から谷口の手がするりと抜け落ちる。 俺は谷口が息を引き取ったことを確認すると、開いたままだった目を閉じてやった。 そして、俺は谷口の武器を取り出すと、くぼみから立ち上がった。この時点で俺は完全に自分を見失っていた。 ……あいつら全員ぶっころしてやる……! ◇◇◇◇ タタタタと俺はSA近くの山の頂上から自動小銃を撃ちまくっていた。目標はSA内を移動していた 森さんと新川さんだ。距離は遠いが十分に届く距離ではある。 だが、距離が遠いためか二人には全く命中しない。それがわかっているのか、二人とも物陰に隠れることもなく じっとこちらを伺っているようだった。なめやがって。とはいっても、俺もここで撃ち殺せるとは思っていないけどな。 しばらくこのまま撃ち続けていたが、森さんたちは一向に動こうとしない。こっちの目的が何なのか考えているのか? それとももう俺の意図を悟られた―― バスっという鈍い音が聞こえたとたん、俺の思考が完全に停止した。見れば、俺の30センチ右側にある木の幹に 銃弾が当たったような痕ができている。当然ながらさっきまでなかったものだが…… 俺はとっさに双眼鏡で森さんたちの様子を伺った。そこには、自動小銃をこちらにぴたりと構えて立っている 新川さんの姿があった。 すぐに俺は身を翻してその場から走り出した。すると、まるで俺の姿を追うように背後を銃弾が飛んでいく。 あの距離からこれだけの精度で射撃できるのか。とてもまともに撃ち合って勝てる相手ではない。 どのみち最初から正攻法でどうにかできる相手とは思っていなかったんだ。落ち着いて作戦通りに進めよう。 ◇◇◇◇ それからの森さんたちの動きは早かった。俺が山を降りると、まるで瞬間移動でもしてきたかのように 新川さんが俺の前に立ちふさがる。しかし、すぐには銃を撃ってこなかった。そりゃそうだな。 俺を殺してしまえばハルヒの元へはたどり着けないってのが機関の見解なんだから。 それが唯一の俺が有利な状況である。 新川さんは自動小銃を投げ捨てると、歳に似合わない機敏な動きで俺に迫ってきた。 俺は近づけないように後方に下がりながら自動小銃を乱射するが、まるでこないだの朝倉のように機敏な動きで 全くヒットする気配がない。本当に改造人間か何かじゃないのか!? すぐに目前まで間合いをつめられると、新川さんはラリアットのように腕を回転させて俺にぶつけてくる。 俺はぎりぎりのところで身体を後ろにそらして、それをやり過ごした――が、今度は足払いをかけられて バランスを崩してしまった。続けざまに頭をつかまれると、今度はヘッドロックをかけてきた。 身体が引き裂かれそうな痛みで悲鳴を上げる。しかし、それでも口からは絶対に悲鳴を上げなかった。 ここで痛みに身を任せればそれ以上動けなくなるかもしれないからだ。 ただし、別の意味での声は上げる。 「痛い! 痛い! 首が折れる! 死ぬ死ぬ!」 自分でも演技くさいとは思うが、新川さんは俺を殺すことができない。オーバーにリアクションをとれば 絶対に力を緩めるはずだ。 案の定、ほんの少しだけヘッドロックの力が弱る。それはそれで身体が動くようになったことを感じ、 すぐさま腰に入れていた拳銃を取り出すと、新川さんの腹の部分に密着させて数初発射した。 驚いた新川さんは俺から飛びのく――んだが、何でまだ動けるんだ? その理由はすぐにわかった。新川さんが自分の迷彩服を調えるように引っ張るとばらばらと銃弾が地面に落ちた。 防弾チョッキか――いやだから! いくら貫通を避けられても、あれだけの衝撃を受ければアバラが折れたり、 内臓のどっかがいかれてもおかしくないはずだろ!? やっぱり改造人間か何かなのか!? やはりまともに相手をするわけにはいかない。俺はまた自動小銃を撃ちながら、新川さんから走って逃げ出した。 ◇◇◇◇ 「……来たか」 前方の獣道を新川さんが歩いてくるのを、茂みの中で身を潜めていた俺は確認した。 あの後、全速力で俺は逃げ出したんだが、不思議なことに新川さんは追ってこなかった。 いや、走って追いかけてこなかっただけだが。おかげでこちらの準備にもある程度余裕ができた。 新川さんが歩いてくる獣道には、俺が仕掛け爆弾のトラップが仕込まれている。 あと数メートル新川さんが前進すると、獣道に張っておいたロープに足を引っ掛け、その衝撃で 両脇に仕掛けてある手榴弾のピンが抜けるという寸法だ。いくら防弾チョッキをつけていても至近距離で手榴弾の破片を 浴びれば、身体の中まで機械製とかでない限り耐えられまい。 新川さんがトラップの位置に迫る。さあ来い。一歩先で谷口の仇をとってやる…… だが。 「新川」 突然かけられる声。その発生源は俺のすぐ横だった。あまりの脈絡のなさに俺は一瞬声を上げてしまいそうになるが あわてて手で口を覆う。 見れば、いつの間にやら森さんが俺の右数メートルの位置に立っていた。全く気がつかなかったぞ。 本当に瞬間移動ができるんじゃないだろうな? しかし、幸いなことに森さんは俺の存在までは気がついていないようだ。そのまま新川さんの元に近づき、 「迂闊よ。これを見て」 そう言って持っていた自動小銃の先でトラップのロープを突っつく。ちっ、もうちょっとだったのに、 森さんに気がつかれちまったか。 ――だが、それがばれるのも計算のうちだ。正攻法じゃあの人たちにはかなわないからな! 俺は手元に引かれているロープ2本を思いっきり引っ張った。気がつかれることを考えて、こちらからでも 手榴弾のピンが抜けるように細工しておいたのさ。 すぐに森さんたちはピンの抜ける音に気がつき、逃げようとするが即座に周辺の手榴弾4発が炸裂した。 映画とかとは違い、手榴弾が爆発しても火が出たりはしない。代わりに激しい衝撃と火薬の中に混ぜられていた鉄くずが 周辺に飛び散り、草木が悲鳴を上げるかのようにざわめいた。 しばらく砂煙がたちこめ視界が利かない状態になった。俺は確認したい気持ちをぐっと抑え、 煙が晴れるのをじっと待った。 2~3分ほど立つと砂煙は完全になくなった。森さんと新川さんが折り重なるように地面に倒れているのが見える。 俺は本当に死んだかどうか確認すべく茂みから出て、二人の元に駆け寄った。 二人とも顔がささくれるようになりスプラッタ映画状態だ。白目をひん剥き、どうみても生きているようには見えない。 「…………」 俺はしばらく呆然とそれを見つめる。谷口の仇を取ったという気分よりも、あの二人がこんなに簡単に くたばるだろうかと不安になってしまう。 だが、立ち止まっている場合ではない。まだ古泉が残っている以上、こんなところで立ち止まっている場合ではない。 俺は2,3回頭を振ると、その場から走り出した。 ――違和感は確かにあった。だが、罪悪感は全くなかった。 ◇◇◇◇ 「動くな」 俺は自動車道の上で古泉の後頭部に拳銃を突きつけていた。森さんたちに任せておけば安心だと思っていたんだろうか。 能天気にぼけっとしているもんだからあっさりと背後に取り付けてしまった。 「おやおや、まさか森さんたちを出し抜いてきたんですか? ちょっと以外ですね」 淡々とそんなことを言ってきやがった。背後に立っているせいで古泉の表情は見えなかったが、 どうせいつものニヤケ顔なんだろう。余裕じゃねえか。 「まず、国木田のノートを返してもらおうか。後で告発の証拠として使わせてもらうからな」 「どうぞ」 古泉はあっさりとノートを俺に背を向けたまま渡してきた。俺はそれをズボンにねじ込む。 「さて……これからどうするつもりですか?」 「確認したいんだが」 ――俺は一拍置いてから、 「はっきりと言っておくぞ。森さんと新川さんは死んだ。多丸兄弟もだ。これで機関の人間はお前だけってことになる」 「そのようですね」 「谷口は脅迫されていた。家族と恋人を人質に取られて無理やり連れて来られたらしい」 「知っています」 「……お前は違うのか? もう他の連中はいない。正直に答えてくれ」 俺は祈るようにその言葉を古泉に告げる。そうだ。お前も谷口と同じように機関から脅迫されていたんだろ? でなけりゃ、こんな命を賭けた仕事なんてやるはずがないからな。それにお前は超能力者だから機関から 目をつけられる理由も十分にある。さあ、答えてくれ。そうだって。 だが、古泉が言い放った言葉は、俺を完全に裏切った。 「答えはNOです。僕は僕自身の意思で機関に所属し、ここまでやって来ました。 誰からも強制されていませし、脅迫も受けていません。僕はね、心底機関に忠誠を誓っているんですよ。 得体の知れないこんな超能力を持っているにもかかわらず、彼らは僕を必要としてくれました。 待遇もすごくいいですし、今の立場に非常に満足しています。あと、機関の上層部が持っている人類独立の目標にも 強く賛同していますから」 「そうかよ……!」 俺は古泉から返された裏切りの返答にはき捨てるように答える。さっき言っていた通り、今までSOS団として なじんできているのは全部フリだけだったのかよ。ハルヒや朝比奈さん、長門、そして、俺を裏切ってきたのか。 「それが僕の任務だったんですよ。涼宮さんに近づき、できるだけ理想である人物を演じ、ずっと機会を伺う。 全ては機関の指示――そして、理想を果たすためにね。これで満足ですか?」 「……ああ、満足だ。初めててめえの本音が聞けて、俺の怒りは最高潮だからな……!」 俺の頭の中にあった最後の希望の火は完全に消えてしまった。古泉が裏切った――いや、最初から仲間ですらなかった ことがわかってしまった以上、もうあのときのSOS団には戻れない。俺の知っている胡散臭いが信頼できる古泉は もうどこにもいなくなってしまったのだから。 裏切られた怒りともう元には戻らないという絶望。両者が入り混じり俺は軽いパニック状態に陥っていた。 おかげで何のためらいもなく引き金を引けそうだがな。 「質問はそれだけですか? では次は?」 「……今考えているところだよ」 俺は苛立ちをこめて返す。正直、古泉が脅迫されているんだと信じていたし、そうであってほしかった。 だから、万一そうでないときのことなんて全く考えていなかったのが本音だ。しかし、混乱しているためか どうするべきかなかなか頭が回らない。 「そうですか……!」 ――次の瞬間、古泉がくるりと振り返ったかと思うと、俺に向けて腕を振り回した――いや、その手に握られている ナイフで俺を切りつけてきたんだ。 そして、俺は反射的に一発の発砲する。狙ったつもりはなかったが、その銃弾はきれいに古泉の額に命中した。 撃たれた衝撃で古泉は仰向けに倒れる。 「……ちくしょうっ!」 目を見開いたまま、路面に大の字で倒れた古泉を見て、俺は毒づいた。ピクリとも反応しないところを見ると 完全に即死だったのだろう。苦しむ暇もなく、自分が死んだことにすら気がつかないように呆然とした表情を浮かべていた。 「何で……こんなことになっちまったんだよ……」 俺は力なく路面に座り込んでしまう。 ハルヒの無実を証明するため、SOS団としてまた日常を過ごすために俺はここにやってきた。 にもかかわらず、その内の一つがかなわぬ夢と化してしまったのだ。この先、俺一人で北高まで向かい、 ハルヒを助け出してきたとしても、もう以前のようなSOS団はできない。事故にあったあの日より前にはもう戻れないだ。 それを認識したとたん、俺はどうしようもないけだるさに襲われた。何もする気が起きない、何もしたくない…… 「でも、そういうわけにはいかないんじゃない?」 唐突にかけられた声。俺が顔を上げると、そこには消えたはずの朝倉涼子の姿があった。 なぜだ? 古泉と長門に消されたはずじゃなかったのか? 俺はあわてて立ち上がり拳銃を向けようとするが、持ち前の高速移動であっという間にそれを取り上げられてしまった。 そして、すぐに自動車道の外に投げ捨ててしまう。 「安心して。あなたに危害を加えるつもりはないの。ただ、ちょっと話したいことがあるだけ」 「……何の話だ?」 やわらかい微笑を見せる朝倉だが、俺の警戒心が解かれることはない。こいつには何度も危ない目にあわされているんだ。 今だって安心させておいて、ドスッとやられかねない。 朝倉はまず手に持っていたノートを開き――いや待て! あれは国木田のノートだ。俺が持っていたはずなのに いつの間に奪いやがったんだ? 「ごめんね。ちょっと借りるわよ」 「返せ!」 俺はあわてて取り返すべく飛び掛るが、それをひらりと朝倉はかわしてノートを読み続ける。 相変わらず、あの異常な身体能力は健在なようだ。これじゃ、捕まえようがねえ。 しばらく俺との鬼ごっこが続いたが、やがて朝倉は全てのページを読み終えると、 「ふーん。大体、理解できたわ。で、このノートの結果がこれ?」 朝倉は死体となって動かなくなった古泉を指差す。俺は朝倉を追い回したおかげで上がりきっていた呼吸を整えつつ、 「ああ、その通りだ。人のことを散々騙しやがったからな。当然の結果だ」 「へえ、でもこのノートに書かれているのって、あたしのポエムだけど? それでどうしてそんな結果に?」 「……は?」 朝倉から返ってきた想定外の言葉に、俺は間の抜けた返事をしてしまった。バカ言え。 そこには国木田が書いた機関の悪行の告発が書かれているんだぞ。 「読んでみたら?」 そう言って朝倉は俺にノートを投げつける。そして、それを開いて見て驚愕した。 そこにはさっきまで読んでいたはずの国木田の告発文が一切なく、代わりに女性が書いたような丸みを帯びた文字が 並んでいるからだ。全てのページを見ても同じ状態になっている。いや待て―― 「……偽物とすり替えやがったのか。本物はどこに隠したんだ?」 「ううん、それはあなたから借りたときと全く同じものよ」 「嘘をつけ! 俺が読んだノートはこんな……」 俺はそう激高しながらノートへ再度目を落としたときに気がつく。そこには俺が知っているあの国木田の書いた 告発文が並んでいた。 「どういうことだ? 何がしたいんだ?」 朝倉がノートに細工をしているのか。だが目的が分からない。そんなことをやって何の意味がある? 訳が分からなくなって、朝倉を怒鳴りつける。だが、朝倉は全く動じず、 「ま、大体分かったけどね。もうちょっとそのノートを読んでみたら?」 とりあえず、朝倉の言うように俺はもう一度ノートを読み始めた。同じ内容だと最初は思った。だが何かが違う。 告発の内容は大筋では一緒だった。だが、微妙にページの位置がずれていたり、俺がさっき古泉から 聴かされた裏切りの言葉まで書かれている。最初に読んだときはこんな内容はなかったはずだ。 まだ読んでいなかった部分かと思ったが、それはもっと先ページの箇所だった。どうなってやがる……!? さらに気がついたが、ページをめくったりしているうちに、同じページであるはずなのに内容が 微妙に異なっていることに気がついた。内容ではなく、改行の位置やページを跨ぐときの最後の文字が違う。 まさか……と思いつつ俺は、今度はあることを念じながらページをめくって見た。 すると、頭に浮かべた内容がそのままページに書かれているではないか。 「ど、どういうことだよ……!?」 俺は明らかに動揺していた。思ったことがそのままノートに書かれる? そんな馬鹿なことがあってたまるか。 それなら――それが本当なら―― 朝倉は頭がこんがらがっている俺から再度ノートを取り上げると、 「思ったとおりの内容がここに書かれるみたいね。結構面白いわね、これ。 でも、こんな惨事の原因となったノートの内容もあなたが思い浮かべていただけの妄想ってことになるんじゃない?」 ドクンっ……俺の心臓が跳ね上がった。そんなわけがない。そんなわけがないんだ。 ああ、そうだ。このノートに書かれている内容がただの妄想っていうなら、古泉たちの言っていたことと 明らかに矛盾することになるんだぞ。ここに書かれているとおりのことを機関の連中は口に出していっていたんだ。 ただの俺の妄想だったら、古泉たちは当然それを否定するはずだ。 「あら、このノートもっと面白いことができるみたい」 そう言って朝倉はノートを見つめ始める。すると、SAの建物が突然大爆発を起こし木っ端微塵に砕け散ってしまった。 なんて事しやがる―― だが。 俺の脳裏にある可能性がよぎった。いや、これもただの妄想に違いない。そんなご都合主義なことがあってたまるか。 あるわけがない。ありえない! だが、朝倉が俺に告げた内容は、 「このノートに書いてあることは現実にも反映されるみたいね。ああ、なるほど。だから、あなたの妄想が ノートに反映されてそれが現実になってしまったってことみたいね」 「バカ言え! そんなわけがあってたまるか! そんな馬鹿げた話があってたまるか! そんなわけが――」 「でも、それが現実よ。ここは閉鎖空間。何が起こっても不思議はないわ」 朝倉の声がとても冷たく感じた。 あるわけがない。 あってたまるか。 なぜなら。 なぜなら! そうならば、俺が古泉たちを…… あんな非道な連中に仕立て上げたことになっちまう! 「あなたがそれを全て考えていたわけじゃないかも。きっと誰かの誘導は入っているはずよ。 でも、あなたはちょっとそれらしいことを吹き込まれただけでそれを信じ、あまつさえ妄想を拡大させてしまった」 やめてくれ。 「本心の部分で疑ってしまっていた。だから、他の人たちを信じられなかった。信じられると思っているなら、 こんなノートとっくに破り捨てているはずだしね」 やめてくれ! 「そう……これはあなたが無実の人たちを殺したことと同じ。どうする? どうやって責任を取るつもり?」 閉鎖空間に俺の悲鳴が響く…… ~~その4へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5069.html
『くちゃくちゃガム』今、北高の生徒の間で大人気のガムである。 おことわり 主音声は、通常の話ですが、副音声は、ガムを噛んでる音になります。 ご注意ください。 主音声 ハルヒ「ん~、くちゃくちゃガムはおいしいわね~。 あっ、朝倉さんだ」 朝倉「む」 副音声 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ… 休みの日、くちゃくちゃガムを噛みながら、道を歩いているハルヒ。 偶然、別方向からハルヒの方に向かって歩いている朝倉を発見。 彼女もくちゃくちゃガムを噛んでいる模様。 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ… 主音声 朝倉「ちょっと、散歩の邪魔よ。さっさと退きなさい。」 ハルヒ「なんですって!?」 ハルヒ「あんた、…私を怒らせる気?」 ハルヒ「文句があるのなら、いつでも相手になってあげるわ、 この野郎」 朝倉「あんたが私に逆らおうなんて8億年早いわよ。」 ハルヒ「それ以上言うと、私の必殺ドロップキックを食らわせてあげるわよ」 副音声 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ… 主音声 ハルヒ「どうやらアンタ、死にたいようね」 朝倉「言っとくけど、死ぬのは涼宮さん、あんたのほうよ」 ハルヒ「ふん、後悔させてやるわよ、ゴミ野郎…」 朝倉「あんたの顔を面白い○○にまげてあげるわ」 ハルヒ「あんたのおでんの思い出を忘れさせてやるわ…」 朝倉「今日の晩御飯、遅らせてやるわよ・・・・」 ハルヒ「死ね―――――っ!!2年後に!!」 ドカッ、バキッ、ゴフッ 朝倉「痛ッ、やったわね!?あんたなんか8年前に死ねぇ――――っっ!!」 グサッ、グチャッ ハルヒ「じゃぁあんたは生まれる前に死ね―――――っ!!」 主音声 ハルヒは朝倉とケンカした一人、キョンの家に向かった。 そして、彼の家の呼び鈴をならした。 “ピンポーン” “ガチャ”っとドアを開けたキョン 「どうした、ハルヒ」 「ちょっと入るわよ」 「お、おい、どうしたんだよ」 ハルヒは無言のまま、キョンの家に入ってきた。 ~キョンの部屋にて~ そんなハルヒにキョンは、麦茶を入れてハルヒに渡した。 「朝倉め~。まだイライラするわ」 なにがあったのかキョンは気付いた。 「まさか、ハルヒ、朝倉とケンカしたのか?」 ただ無言でうなずくハルヒ。 「お前らしくないな。朝倉とケンカするなんて。 一体何が原因で、ケンカなんかしたんだよ。」 「イヤ、聞いてよー。それがねー。」 「思い出せねぇ―――――――――っっっ!!」 「なんか余計な音が混じってて…、全然思い出せないわ…。」 「いったいなんでケンカしたのか、朝倉さんに聞いてみる」 そういって部屋から出ようとした瞬間、ハルヒは『くちゃくちゃガム』を見つけた。 「あっ、くちゃくちゃガムだ(ハート)」 「あんたもこれ食べるのね」 「え?あ、…あぁっ…。」 「1枚もらってくわ。」 「よーし、行ってくるわ!!」 主音声 ハルヒ「ねぇ、朝倉さん。」 朝倉「ん?」 ハルヒ「私達、なんでケンカなんかしたんだっけ?」 朝倉「それが私も覚えてないのよ」 朝倉「まぁどうせ、あんたのくだらない行動が原因だと思うけど。」 ハルヒ「何ですって!?」 副音声 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ… 主音声 ハルヒ「てめぇ、またやる気か?」 朝倉「ええ、いつでもやってやるわ。」 ハルヒ「おのれ、くたばれ―――――――っ!!」 朝倉「うっさいバーカバーカ」 ハルヒ「う○こう○こ」 朝倉「き○○まき○○ま――――っ!!」 ?????「やめろぉ――――――っ!!」 副音声 そういって出てきたのは、シャミセン。 こいつ自身もくちゃくちゃガムを噛みながら喋っている。 くちゃくちゃくちゃくちゃ… 副音声は引き続きガムを噛んでるくちゃくちゃ音でお楽しみください。 ハルヒ「シャ…、」 朝倉「シャミセン…。」 シャミセン「やめときな。ケンカなんて弱い事のすることだぜ。」 ハルヒは朝倉に指さして、 ハルヒ「で、でも…、最初に朝倉さんが…。」 シャミセン「・・・。いいかよく聞け。」 いつの間にかシャミセンは筋肉ムキムキになって、そして二人にこう言った。 シャミセン「友情は、かけがえのない一生の宝なんだ――――――!!」 それを聞かされた二人は、胸を打たれ、同時に自分のやった過ちを後悔した。 そして二人はシャミセンに抱きつき、泣きながら ハルヒ「うわ~~~ん、ごめんなさ~~~~~いっ!!」 朝倉「もうケンカなんかしないわ――――――!!」 副音声 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ… 主音声 ~放課後、部室にて~ ハルヒ「いや~、おとといは感動したわね~」 キョン「?ハルヒ、何に感動したのか?」 ハルヒ「聞いて頂戴。それがね。」 ハルヒ「思い出せねぇ―――――っっっ!!」 ハルヒは頭を抱え込んでしまった。 ハルヒ「あぁ、もう……。なんで思い出せないのよ~・・・。 いろんなことがあったのに…、なんかくちゃくちゃくちゃくちゃうるさくて…。」 ハルヒ「くちゃくちゃ?」 偶然テーブルの上にあったくちゃくちゃガムを見て、それをとって思った。 ハルヒ「これだ――――――――――――っっっ!!!!!」 キョンに抱きつき、 ハルヒ「原因がわかったよ―――!!これでもうくちゃくちゃ言わないよー!!」 ただキョンは唖然とした表情だった。 ハルヒ「この喜びを…、朝倉さんにも伝えてくる!!」 そういうと、ハルヒは部室を出て、学校から抜け、外へ出た。 キョン「おい、ハルヒ!」 ハルヒ「朝倉さーん、もうくちゃくちゃしないよー。」 キョン「おい、ハルヒ、待てよ!!」 キョンは走っているハルヒを精一杯追いかけていた。 ハルヒ「もうくちゃくちゃなんて…、一生言わせるものかー!!」 ドンッ! ハルヒは誰かにぶつかり、しりもちをついた。 ハルヒ「いった~、ちょっとどこを見てあるい……て・・・」 ハルヒの表情は変わった。 ぶつかった人物は、とても大きい人物だった。 それは”神人”だった。 神人はかなりお怒りの様子。 指でこいこいと合図をしている。 自分のことかなと思いハルヒは自分に指を指した。 神人はコクリと返事をし、彼女は”神人”の方へ向かった。 一人取り残されたキョン。 しばらく無音だったが、 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ…… ハルヒが”神人”にやられてる音が聞こえる。 キョンは一人この音にビビッていた。 ~おわり~ 元ネタ 「くちゃくちゃガムじゃっ!」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6001.html
涼宮ハルヒの遡及Ⅲ 「え……? この世界に来るまでにいくつかこの世界のパラレルワールドに行ってたって……?」 「そういうこと。まあ、あたしはキョンくんとあんまり関わりがなかったんで別の世界に着いて、あたしの知ってるキョンくんじゃないって判断できたらさっさと戻ったんだけどね。蒼葉の方は少し関わってきたみたい」 「パラレルワールドって実際にあるんですか!?」 「だって、ここに行き来したあたしがいるし。なんならどんな世界だったか教えてもいいわよ。あ、先に言っとくけど、基本的にはこの世界とほとんど変わんないからね」 「ふわぁ……でも、パラレルワールドってどうやってできるんですか?」 「ううん……これはあたしたちの世界の並行世界の論理に基づいた考え方になるんだけど……そうね。あなたたちにとって時間は可逆? それとも不可逆?」 難しい話じゃないな。だいたいここにいる人間の内に一人、未来人さんがいらっしゃるし、それをハルヒも知っている。てことは不可逆なんて誰も思っていない。 「もっちろん! 可逆ですよ!」 ほらな。ハルヒならこう答えるさ。 「なら話は早いわ。あたしたちの世界でも時間遡行は可能だと考えられている。でないと並行世界の根源の理論が成り立たないからよ。たとえば、キョンくん。あなたが時間遡行できるとする」 どき。 な、なんか見透かされているような気がしたんですけど…… 「そんなあなたがある日、ケーキを食べたとするわよ。ただ、そのケーキが痛んでて翌日、腹痛を起こした。でも、その歴史は嫌なんで時間を遡って今度はケーキを食べないことにした。当然、翌日は腹痛を起こさない」 だろうな。てことは歴史は変換され上書きされたってことだ。前に古泉の言っていた理論と言うよりもちゃちな推論と同じだな。 「ここで質問」 ん? 「じゃあキョンくんが腹痛を起こした世界はどうなったと思う?」 どう……って……歴史が変わったんだから無くなっちゃうんじゃね……? 「どうして消えてなくなるのかしら? ひょっとして一個人の力ってそんなに大きなものだと思ってる? 変えられたのは『キョンくんに関わった歴史』だけなのよ。それなのにこの世界――全宇宙を含めた想像もできないような広大な世界が上書きできるとでも? こう言っちゃなんだけどあたしも含めて『人間一人の歴史』なんて大宇宙から見ればチリの一つにすらならないわ」 「あ……それは確かに……」 ハルヒが驚嘆のため息を漏らし、俺もまた愕然とした。 「そういうこと。この時間遡行ができる人が分岐点を創り上げて、そこから木の枝分かれのように、本当にほんの少しずつだけど新しい世界を形成していってる、これがパラレルワールド=並行世界の起源、って考えられているのよ。もちろん、分岐した側の世界は分岐前の世界よりも進んでいるし、これは時間が可逆じゃないと説明できない」 てことはつまり、俺が腹痛を起こした方の世界も存在するってことになるんだ。いや待て、それじゃその世界の俺は? 居なくなるのか? 「さて、それはなんとも言えないわね。実際に、あたしは時間遡行、タイムテレポテーションの魔法は持ってないし結論付けることはできないんだけど、いちおーあたしたちの世界だと二つの考え方が存在しているわ」 「あ、それはなんとなく解ります! 別のパラレルワールドの本人が移動してくるか、それとも神隠し扱いにするか!」 ハルヒの奴、即答しやがった。本当にこういう話になると目ざとい奴だ。 「大正解♪ まあ、これは本当に仮説の域を出ないんだけどね。だってどっちにも確証って論理が存在しないから」 しかし、これはなかなか俺も興味深い話だ。 去年の十二月に長門が改変した世界、あれは今でも並行世界として存在し続けているってことになるんだからな。今の話が事実だとすれば。 「そろそろ、その世界はどんな世界だったのか、を差支えなければ教えていただけないでしょうか」 だろうぜ。この話は古泉の興味も引くだろう。 こいつはなんだかんだ言っても『未知』が『現実』になったときにかなりの興味を示す。 ある意味、こいつが所属する機関と敵対関係にあるはずの未来側のタイムトラベルに対してでさえ並々ならない関心を持っているからな。 「そうね……あたしが見てきた世界だと――まあ大抵はキョンくんとハルヒさんが付き合ってる世界が多かったかな? 毎回毎回キスしているようなのやら、それよりも深い関係になってあんなことやこんなことをしてるのもあったし、と言うか、バカップル化してんのが異様に多かった。んで、それに共通して言えるのはまったく人目を憚ってなかったってことね――って、どうしたのよ? キョンくん、アサヒナさん、ハルヒさん、顔を真っ赤にして俯いて」 そ、そんな話されたら誰だって……! 見ろよ、古泉だって汗を滴らせながら苦笑を浮かべてるじゃないか。唯一、平然としているように見えるのは長門だけだ。 もっとも、俺にしか分からんだろうが、その長門も少し困惑しているみたいなんだがな。 「な、なんであたしがあんたなんかとそんな関係になってるのが多いのよ……」 「俺が知るか」 ハルヒの完全に意識してしまった強気なのにちらちら横見視線に俺も返す言葉がない。 「初々しいわねぇ」 「俺たちはまだ十代半ばなんです! そんな話に免疫があるわけないじゃないですか!」 にこにこ笑顔のアクリルさんに俺は思いっきりツッコミを入れるしかできなかった。 が、それでもその空気を読んでいるのかいないのかさっぱり分からん問いかけは意外な人物から発せられた。 「あなたが見てきた世界は理解した。では、あなたが先ほど言ったアオバなる人物が見てきた世界についての情報は?」 そう、発信源はなんと普段は我関せず無関心を貫きまくる長門なのである。 ん? 何でそんなことが気になるんだ? 「蒼葉が見てきた世界、ね……もしかして、あなたは何かに気づいているのかな?」 「そう。あなたからはわたしの匂いがする。理由を知りたい」 匂いだと? 「彼女からはわたしの存在形態パターンの残留痕跡を感じる。それは端的に表現すると『匂い』。しかし、語弊があるが、わたしは今日初めて直接、彼女と出会った。と言うことは、可能性としては彼女は別の並行世界のわたしと遭遇したと予測できる」 なるほど。 「その通りよ。別の並行世界のあなたがあたしたちの世界に迷い込んだの。まあ世界が違っても本人は本人だからね。自分自身をあなたがあたしから感じても不思議はないわ。あーでもその因果は言わない方がいいのかな?」 ええっと、その言い方は余計気になるんですが? 「本当に知りたい? さっきの話でさえキョンくんたちは付いてこれなかったのに?」 「……と言うことは、その世界では有希がキョンとただならない関係にあるってことなんですね?」 って、おい! そりゃここにいる俺じゃないんだから、百獣の王・ライオンですらビビって逃げ出しそうな視線で俺を睨むなっての! とまあ結局、午前中はこうやって異世界の話と理論で盛り上がり、歌を一曲も歌うことなく過ぎ去っていった。 ……なんか勿体なくないか? しかし……歌以上に貴重な話を聞けたと思えばそれはそれで得した言えないことも…… で、なぜかは分からん。 いや、分からんことはないわな。ハルヒがいれば厄介事というものはどんな状況からでも、あたかも餌に群がる鳩のようにどこかしらから集まってくるわけで、しかも、そいつらはまるで猿山のボス決めのように競い合い、勝ち残った『一番強力』な厄介事だけが俺たちの前に現れることを許されるという決まり事が存在するんだ。 いいか。ハルヒの前に、じゃない。あくまで俺たちの前に、だ。 つーわけで、いつも通り、もはや日常と化していると言っても過言ではない『厄介な』出来事が俺たちの目の前に現れたのである。 UMAとか心霊現象とか言った特殊なプロフィールを持つ『者』なら話してみれば案外友好的かつ平和的に接することが可能なのかもしれんが、特殊なプロフィールを持つ『事柄』はどうやら勝手が違うようだ。 しかも、今回はなんとハルヒも巻き込まれたんだ。 いったい何がきっかけだったんだろう。 もしかしたらこの会話がネタフリだったのかもしれない。 「……クリエイター?」 「そうよ。それだけ想像を強く望むなら紙上に表現すればいいじゃない。そうすればあなたの『想像』は文字通り、『現実』で見られるわ。頭の中に置いてたって誰の目にも――そしてそれを一番望むあなたの目にも留まらないわよ」 不思議探索パトロール午後の部。 今回はアクリルさんも含めて班分けしたのだが……アクリルさんもよく付き合ってくれるな。こんなことに。 てことで、班分けは俺、ハルヒ、アクリルさんと古泉、長門、朝比奈さんになったんだ。 まあそれはいい。それはいいのだが……「何か不思議なものを見つければいいんでしょ。で、それはどんなふうに不思議だったらいいの?」とアクリルさんが言ったことが問題だった。もちろん、ハルヒは自信満々にUMAとか心霊現象とか言い出したんだが…… そう……あろうことか、アクリルさんは本当にソレ系を見つけてしまったのである…… いや、見つけた、というのは表現が違うな。 何と言うか……『出現』させやがったんだ…… 「もうキョンくんも機嫌直してよ。反省してるから。あたしだってあんな騒ぎになるなんて思わなかったんだし」 苦笑満面に俺に語りかけてきてくれたのはたぶん、俺の不機嫌極まりない表情が目に入ったからだろう。 実は、俺とアクリルさんがハルヒの両端を固めているので、当然、ハルヒに話しかけていれば、何かの拍子がなくても俺が目に入る。 「そうですね。お願いですからもう二度とやらないでください。召喚魔法なんて」 「あははははははは。いやぁ、この子が『正体不明の生き物を探す』って言ったもんだからさ。なら、見つかればそれで目的達成できて、後の時間を遊べると思ったからよ。そっちの方がキョンくんも嬉しいんじゃない?」 そりゃ否定はしませんが。 「いいじゃない。さくらさんはあたしのためにやってくれたんだから。それに、あの場にいた人たちの記憶って消したんでしょ。なら問題ないじゃない」 ハルヒは思いっきり満足げな笑顔を浮かべている。 問題とかそういうことじゃなくて、お前がこういう存在がいるってことを認識することの方が怖いんだから仕方ないだろ。 「それにしても、ああいう人に見えない霊とか妖怪って本当にいるのね。こういうのもなかなか面白いじゃない」 ……こういうの“も”か。 お前の口からこの助詞が聞けるなんてな。入学したての頃のお前はこういうもの“しか”追いかけてなかったってのに。 俺はふっと自嘲のため息をついていた。 ――心配いらないわよ。ちゃんとフォローしてあげる。教えてもらった手前、確かにキョンくんが恐れる気持ちも解るから―― え? ――今、あたしはキョンくんにテレパシーで話しかけてる―― そ、そうか……俺の頭の中に声を響かせたのはアクリルさんか……つか、こんな真似ができる俺の知り合いなんざ、ここにはこの人しかおらん。 ふと、アクリルさんに目をやると彼女はウインクしてくれていた。 「でもハルヒさん。あくまであれはあたしがいたから出来たこと。要するにあれができるのは特殊な『眼』がいるってことね。見るためにそういう『眼』にできるのはあたしのような魔法使いだけよ。たまに『霊感が強い』って人がいるのも事実だけど、その人たちは自分の本当の『力』を自覚してないってことなのよね」 「そうなんですか? じゃあ、霊感が強い人って本当は魔法使い?」 「まあそうね。でも、それはそういう方面の魔法。ただ本人が自覚しないと自由自在に使えないし、ついでに自覚してもそれを自由自在に使えるようになるまでには相当の年月を必要とするわよ。なんせ色んな魔力の構成を理解しないとできないから」 「はぅむ……」 「あたしたちの世界でも『魔法』が認知され本当に使えるようになるまでに数百年の時間が必要だったもの」 「そっか。じゃあ、仮に今、発見できたとしてもあたしの生きている間はほぼ不可能に近いですね」 「そういうこと。もっとも遠い未来は分かんないけどね」 「そっかそっか、じゃあみくるちゃんに聞いてみようかな? 未来の世界に『魔法』があるのかどうか」 やめとけ。というか時間遡行自体が魔法みたいなもんだろうが。高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないって警句を聞いたことがある。 「確かにね。どっちも『人の力』が作り上げるものだから」 アクリルさんが同意してくれますか。なんか違和感を感じるな。 「そういうものなんですか?」 「そういうものよ。だからね、さっきの話に戻るけど、本当にまったく白紙の状態から想像を短時間で現実化できるのはクリエイターくらいなもんね。なら即座に現実化を求めるハルヒさんはクリエイターに向いている気がする」 ……それは色々な意味でヤバい表現なんですが…… 「クリエイター、か……」 「小説でも漫画でも構わないわよ」 つうか……ハルヒは文字通り『創造主』なのだが…… いや待てよ。ひょっとしてアクリルさんの考え方はある意味、俺たちに平穏をもたらすんじゃないか? なんたってどんなにトンチキな妄想だろうと、それはすべて紙の上でしか起こらん訳だからな。しかも、『作家』ならまさに文芸部の通常業務だ。 「そうですね。やってみようかしら。何か面白そう。小説とか漫画を創作することが自分の想像を現実にする、なんて考え方、思いもよらなかった」 おぉ! これは長門はハルヒの情報奔流の理屈を大好きな読書で堪能できるし、古泉は『役割』なんて(たまにバイトはあるかもしれんが)ウザったい使命からも解放されるし、朝比奈さんの未来に影響するものだけを労せず自分の意志で選べるじゃないか。んで、これでようやく何の特殊な肩書を持たない俺も単なる一高校生としてようやく一歩目を踏み出せるってもんだ。誰にとってもいいこと尽くめって気がするぜ! 「ん! じゃあ、まずは道具をそろえないとね! そうね、パソコンは部室にあるから、小説は差し障りないけど、マンガとなると絵を描く周辺設備が必要になるわね。スキャナとかペンタブとかソフトとか買いに行きましょう!」 とびっきりの笑顔を浮かべたハルヒが俺の手を引っ張って量販店へと舵を切った。 おう、俺ももちろん付き合うぞ。なんたってこれはこれまでとは違う、そして誰もが望む世界への第一歩なんだからな。 結局、この日はお絵かきソフトを一通りそろえて終わった。 「あたしは何かプロットを考えてくるわ! 明日見せてあげる! てことで明日もここに朝9時集合よ! あ、さくらさんもいいですか?」 「まあ、構わないわ。じゃあ明日までこの世界にいてあげる」 「ありがとうございます!」 そう言って、ハルヒは輝く笑顔を見せて帰宅の途に付いたのである。しかし、今からどこかに遊びに行くような軽やかな足取りだったな。 んで、ハルヒが去ってすぐ、 「どうされたんです? 涼宮さん、いたくご機嫌のようですが。おまけに何かイベントを思いついたようですけど」 などと爽やかスマイル超能力者が話しかけてきた。 ええい! だから顔を近づけるな! 息を吹きかけるな! 気持ち悪いんだよお前は! 「そりゃお前、異世界人とのひとときを心ゆくまで堪能したし、UMAも心霊現象も見つけられたし、ついでにやってみたいことが見つかったからだろ。三つもあいつにとっての『楽しいこと』が見つかればそりゃ、あいつじゃなくても上機嫌になるもんだ」 と答えて俺はさりげなく離れる。 「やりたいこと?」 「ああ。さくらさんがな、うまくハルヒの力をある意味、封じ込める提案をしたんだ。それをハルヒがえらく気に入ってな。もしかしたらこれからは異常現象が起きんかもしれん提案だったぜ」 「そうなんですか? でしたら僕もこれからは普通の一男子高校生として友との青春を謳歌できる日が来るかもしれないんですね」 うぉ! お前! なんだその希望に満ち溢れた笑顔は! 「僕らの望みは現状維持、しかも涼宮さんが世界を揺るがすことのない無茶以上をしないとなれば、こんな嬉しいことはありませんから」 「具体的には何を涼宮ハルヒに吹き込んだ?」 とと、長門がアクリルさんに聞いている。ああ、心配するな。ハルヒの情報奔流メカニズムの研究もできる提案さ。 「ん? 単にクリエイターになってみたら? って言っただけよ。そうすれば即座にあの子の想像が現実化するじゃない。無理に探さなくてもそこに現れるしね」 「なるほど」 な、いいアイディアだろ? 「ええ、それは確かにすばらしいアイディアです! 紙の上で起こる超常現象であれば現実世界には何の影響も及ぼしません!」 って、おーい古泉? 何かいつものお前と違うぞ? 「それじゃあとりあえずまた明日、ですね?」 そうですね朝比奈さん。じゃあまた明日。 そう言って、俺たちもそれぞれの帰宅の途に付くことにした。 ちなみに俺は今回は自転車で来てない訳だから…… 「そ、そんなにスピード出さなくてもよろしいですよぉ! あ、あと、絶対に手を離さないで下さいね!」 ……再びアクリルさんと供に空中遊泳を満喫したのである……ああ、俺はぜっんぜん楽しくなかったがな…… と、このときは本気で思っていたんだが……どうも俺はハルヒの力とやらをまだまだ過小評価していたらしい。 それはアクリルさんも同じで、後々、自分の発言を激しく後悔したのではなかろうか。 いや推測じゃなくて確信だな。アクリルさんも間違いなく後悔した。 だからこそ、少し見落としがあったんだろう。 それは突然訪れた。 涼宮ハルヒの遡及Ⅳ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4825.html
文字サイズ小でうまく表示されると思います 俺の日常から平穏という概念が抹消されて、早くも9ヶ月弱もの月日が流れた。 赤子に例えて言えば差し出される物全てに口を開いていた時期を過ぎ、離乳食の味に不満を覚えて口を閉じて拒否する事を 覚えだしている頃だろう。 結果、両親に小賢しい演技を要求しだす程の時間を経て俺が覚えた事はと言えば、ハルヒの行動は子供と極めてよく似てい るって事だ。つまり、予測しようとするだけ無駄ってもんで、目に付いた面白そうなものであれば何であろうともやってみな いと気がすまないのさ。 子供とハルヒの共通点はそれだけではない。 例えばだ、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供は泣いて叫んで不満を全力で訴えてくるだろう。 それがいけない事だとか食べられない物だなんて事は関係ない、常識やモラルなんて概念は言ったところで聞くわけも無く 興味が無くなるまでひたすら突き進むのみ。 もちろんハルヒも暴れるだろうな。ただ、決定的に違うのはハルヒの不満ってのは物理的にも精神的にも見境無しという点だ。 物理的な事は俺に八つ当たりする分にはまあいいさ、不幸にも矛先が朝比奈さんに向いてしまったのならフォローもしよう。 しかしながら、精神的な部分に関しては俺や朝比奈さん、もしかしたら長門でもどうにもならないのかもしれない。 「そこで僕の出番。と、いう事ですね」 そうなるな、世界を崩壊から守る為に頑張ってくれニキビ治療薬さんよ。 我ながら愚痴でしかない俺の話を、隣を歩く古泉は楽しそうに聞いている。 で、俺が言いたいのはさ。赤子が成長するにつれて我侭やいたずらをしなくなるように、ハルヒもいつかは大人しくなって くれるのか?それともあいつの精神的な成長期はすでに終わってしまっているのか?どうなのか?って事さ。 「それは僕にもわかりませんね。心の成長は出会いや経験次第で、時間の経過とは無関係に進む物ですから」 宇宙人に未来人、超能力者なんて非日常な連中に囲まれてる間はあきらめろって事か? 「さあ?どうでしょう。今、貴方が言った3人ではないもう一人こそが、涼宮さんの精神面に大きく影響を与えていると 僕は思うのですが?」 思わず返事につまる俺を見て、何か言いたげな顔で古泉は笑っている。 「僕も子供と涼宮さんの共通点に一つ心当たりがあります」 なんだよ。 俺と古泉の少し前を歩くハルヒ達へと視線を向けて、古泉の細い目がさらに細くなる。 「子供も涼宮さんも、どんないたずらをされてもつい許してしまう。そんな素晴らしい魅力を持っているという事です」 素晴らしい魅力ねぇ……。 そうだとするなら、俺が今ついたため息は育児に悩む母親のそれと同じなのかもな。 俺は現在の懸念事項となっている自分の手に握られた少し固めの紙で作られたチケットへ目を落とす。 チケットの枚数はこの場に居る人数と同じ5枚。 これは、巨大アミューズメントパークのプレオープン特別招待チケットなんだそうだ。 涼宮ハルヒの欲望 Ⅰ 「すみません、これも全ては」 ハルヒのガス抜き、ひいてはストレス解消の為だろ? ため息まじりに答える俺に、古泉はいつもの罪悪感とは無縁の笑顔を浮かべている。 「その通りです」 ハルヒのストレス解消=世界滅亡の危機を回避する為、我々SOS団一行は休日を利用して郊外に新設された「巨大アミューズ メントパーク」とやらに向かって歩いている。 古泉がいるにしても、美少女と言って過言のない女の子達と一緒にゲームセンターで休日を過ごす事に、俺のようなごくごく平凡な 高校生に過ぎない男には何一つ文句など無いさ。 問題なのはその3人が一人としてただの高校生ではなく、宇宙人に未来人、最後の一人はなんでも自分の思い通りになると思って いて、実際思い通りになってしまう、そんな神様みたいな存在だという事だ。 おまけに俺以外の男子である古泉にいたっては、超能力者を自称しているという念の入れよう。 むしろただの一般人でしかない俺が、このメンバーに含まれている事に違和感を覚えるね。 古泉、聞くだけ無駄かもしれんが確認しておくぞ。そこは普通のゲームセンターなんだろうな? 「アミューズメントパークです。まあメインはゲームセンターらしいですから、そう呼んでも間違いではありませんが」 ……普通なんだろうな? 普通という所を強調しておくぞ? 何故、俺がたかがゲームセンターを警戒しているかと言えば、このチケットが古泉がどこからともなく仕入れてきた物だからだ。 「さあ? どうでしょう」 俺の質問を楽しそうにはぐらかす所を見ると、どうやら何か企んでいるらしいな。 また孤島の時みたいにドッキリでも準備しているのか?まったくご苦労な事だぜ。 俺の不安をよそに、ハルヒ、長門、朝比奈さんの3人は楽しそうに……。 いや、二人は楽しそうだが長門は無表情なままという、いつもの状態でパンフレットを眺めて何やら話している。 今日は休日なのでみんな私服、いつもメイド服を着せられている朝比奈さんも今日は私服だ。 ……朝比奈さんの貴重な私服姿を見ることが出来たんだから、まぁいいか。 古泉が何を企んでいるかは知らないが、それで少しでも平和な日常を過ごせるなら協力しないでもない。 俺の視線に気づいたのか、前を歩いていた朝比奈さんが振り向いて極上のスマイルを振りまいてくれる。 これだけで今日という休日に意味があったと思えるのは、俺だけじゃないだろうな。 「キョン君、後でみんなでプリクラ撮りませんか?」 いいですね。 微笑む朝比奈さんを見ていると、俺が笑顔になるのは自然現象です。 偶然にも朝比奈さんと2人っきりでプリクラを撮る事になる妄想にふけようとしていると、 「みくるちゃん、ここ見てここ! この店のプリクラって衣装貸し出ししてるみたいよ!」 無情にもハルヒのでかい声が俺を現実に引き戻した。 「えええ?!」 朝比奈さんの驚きの声には、ある種の悲鳴に近いものが混じっている。恐らく、これまでの経験から自分の運命が決まって しまった事を理解したんだろうな……。 それでも僅かな望みを残しているのか、朝比奈さんはパンフレットの違う場所を指差し、 「す、涼宮さん! こっちにほらぬいぐるみコーナーってありますよ?」 「今日はプレオープンだからお客も少ないはずだし、こーなったら衣装全部借りてきちゃうしかないわね」 聞いちゃいねえ。 「あのあの! ええっと、ここにはアイスクリームが売ってるみたいです」 なんとかハルヒの意識をプリクラから逸らそうと健気に頑張る朝比奈さんだが。 「古泉君、悪いけど開店したら速攻で衣装全部確保してきて! いい? 全部だからね?」 やはり、失敗に終わったようだ。 「わかりました」 俺の隣で罪悪感の無い笑顔でうなずく古泉。 お前、もしかして朝比奈さんがコスプレさせられるのを楽しみにしてないか?朝比奈さんには申し訳ないが、俺はすこーししている。 「そんなぁ~」 切ない悲鳴が響く中、俺達はついに目的地であるアミューズメントパークに辿り着いた――のだが……。 誰も居ないな……。 目的の建物は確かにそこにあり「本日プレオープン!」などと書かれた立て札もそこら中にあるのだが、客どころか店員すら 一人も見えず無駄に広い駐車場にも一台も車は無かった。 「おかしいわね……ちょっとみくるちゃんと探検にいってくるから! みんなはここに居なさい! いいわね?」 そう言い終える頃には、すでにハルヒは走り出していた。朝比奈さんの手を握ったまま。 長門、招待されたのは今日であってるよな? 俺に聞かれて長門が取り出した――ハルヒが飽きて押し付けたらしい――パンフレットには、確かに今日の日付が書かれている。 チケットも念の為に確認してみるが、時間は多少早いが日付は間違っていなかった。 もしかしてオープンが間に合わなかったとか? しかし素人の俺の目には、建物は概観上はいつでも営業可能にしか見えない。 ……何かあったのかもしれないな。 「変」 ん、お前が相槌を打つなんて珍しいじゃないか。 改めて見てみると、私服の長門は制服の時と変わらず地味な感じだ。 ところで、お前の私服はいったい誰が選んでいるんだ?意識なんとかって奴の趣味なのか?もっとこう、明るい感じの服もいいと 俺は思うんだが……。 「確かに変です」 古泉も真面目な顔で何か考えているようだ……っておい、まさか 「お察しのとおり、ここは通常の空間では無いようですね」 俺はまだ何も言ってないぞ。 「貴方の顔を見れば、考えている事はだいたいわかります」 怖いことを言うな。 あ、もしかしてお前にはそんな能力もあるのか? 見た目は怪しい好青年に見えるがこの古泉、実は超能力者である。しかし力を使うには場所や条件が限定される為、普段は 普通の高校生と変わらないと言っていたが。 「いえ、以心伝心ってやつですよ」 じゃあ今日はこのまま帰ろうと思ってる俺の気持ちも察してくれよ。 まてよ。 おい古泉、さっきここが普通の場所かって質問に答えなかったのは……まさか 「確かにこの施設には僕の所属する機関が関わっていますが、空間を変異させるなんて事は涼宮さんや長門さんでなければ できません」 俺達の会話に自分の名前が出たせいかはわからないが、無言のまま長門が今来た道を戻っていく。 お~い、どこへ行くんだ長門有希。 もしかして俺が帰りたいって思ってるのを察してくれたのか? 無言のまま途中まで戻ってから、長門は行くのと同じペースで帰ってきた。 「空間が閉じていない、戻る事も可能」 じゃあ、帰れないって事はないんだな。 そう何度も異空間に閉じ込められるなんて経験はしたくない。 「涼宮ハルヒはこの場所で遊ぶ事をとても楽しみにしている。このまま帰るという選択肢によって閉鎖空間が生まれる可能性は高い」 長門は俺の顔を見ながら返答を待っている。 古泉も俺の方を見て何も言わないでいた。 おい、なんでいつも俺に決めさせようとするんだよ。そうやって俺に選択させて、結果的に責任を取らせようとしてないか? 「涼宮ハルヒは貴方の意見を聞く事は殆ど無い、でも貴方が先に帰ってしまえば彼女も帰るという選択肢を選ぶと予測される」 ……つまり、あいつの機嫌を損ねる覚悟でここで俺が帰ってしまえばここでは何も問題は起きないだろうが、後で散々愚痴を 言われて、おまけに閉鎖空間を発生させてもいいなら帰れって事なのか? 以心伝心なんてものを信じるわけじゃないが、俺は長門の目をじっと見てみた。 いつもは表情が殆どかわらない長門だが……なんというか、今日は楽しそう(?)に見える。 長門、お前もしかしてゲームセンターが楽しみなのか? 普通の高校生ならありえない事だが、ハルヒの監視役として毎日過ごしている長門の事だ、もしかしたら、今日生まれて初めて ゲームセンターに来たのかもしれない。 ……わかったよ、帰らない。 「そう」 そうこたえた長門の返事はいつもと同じだけど、僅かに暖かい感じがしたと思うのは気のせいだろう。 入口の自動扉は俺達の気配を感知してあっさり開いた。 扉に電源が入っていない、もしくは鍵がかかっていて入れないという展開を期待していた俺の願いは儚くも叶わなかったわけだ。 中にも誰も居ないんだな。 店内は様々なゲームが並べられ、電源も入っていて賑やかな音楽が混ざって流れているんだが、人の気配がないせいでどこと なく不気味な感じが「さー!さっそくプリクラにいくわよ!古泉君、今日は貸切みたいだから先に行かなくていいからね」 しないようだな。こいつには。 「わかりました」 俺達の声が不自然なほどホールに響いていく。 その時、ここに誰も居ない理由がなんとなくわかってしまった。 おそらく……俺のこれまでのハルヒとの付き合いで得た経験による推測によれば、だ。 ハルヒが無意識で望んだ事っていうのは、ゲームセンターを貸しきってみたいって事なんだろう。 もしも俺の想像通りならば、いつものような危険な空間って事はないだろうしそこまで気を張ってなくてもいいかな。 「キョン君……なんか怖いです」 脅えた顔で俺の後ろに隠れる、その反応こそが普通ですよ?朝比奈さん。 すがりつく腕に当たる柔らかな感触には、気づかない振りをしておこう。 「あの、どうして誰もいないんでしょうか?」 正直わかりません。でもまあ長門が言うにはですが、ここは閉鎖空間とは違うらしいので、出ようと思えば出られない事もない そうですよ。 いざとなれば逃げればいい、それだけでも俺や朝比奈さんみたいな実質一般人には救いになる。 「長門さんが……わかりました」 まるで苦い薬を飲む決心をした子供のように気合を入れる朝比奈さん。 「見つけた! みくるちゃんプリクラあったわよー」 早くも目標を発見したハルヒが手を振っている。 「あう……」 朝比奈さんの入れたばかりの気合が抜けていくのが見えるようだ。 抵抗する事をあきらめた朝比奈さんを掴んで更衣室に入っていくハルヒ。 扉に鍵がかけられるとすぐに 「ええ! こんなの無理です?着れません!」 「だ~いじょうぶ、絶対似合うから!」 「無理です~!」 「ああもう無駄な抵抗はやめなさい! これもSOS団の崇高なる広報活動の為なのよ!」 「プ、プリクラ撮るだけじゃないんですか?!」 「知らないの? 最近のプリクラは撮影データをメールで送れるの!」 「それだけはだめですー! あ~あ~? なんでそんな衣装があるんですか?!」 いったい中では何が起こってるんだ? なあ古泉。 「なんでしょう?」 お前らの機関がハルヒの為にわざわざ準備したってのは……もしかしてこのコスプレブースの事か? 俺の言葉に、古泉は笑顔のまま固まっている。 ……図星なのかよ。 「上の人は、とにかく涼宮さんの趣向に会う物を準備すればいいと思っている所がありまして……」 このまま、スケープゴートにされた朝比奈さんの悲鳴を聞き続けるのも失礼な気がする。俺達は2人を残して、 無人のゲームセンターを探索する事にした。 なんていうか、誰も居ないゲーセンって不気味だよな。 「夜の学校とは別の怖さがありますね」 わざとか。わざとだな? 嫌な事を思い出させるな。 最新型のゲーム機がデモを流しながら並ぶ店内を俺達はあても無く進んでみたが、やはりというか誰とも出会う事はなかった。 別にここでゲームをしてはいけないって事はないんだろうが、なんとなく何か変な事が起こりそうでその気になれない。 そういえば、古泉はゲーセンってよく来るのか? 「いえ、高校生になってからは初めてです。最近はおかげ様でアルバイトは減っていますが、こう見えて忙しいんですよ、色々とね」 ちなみに古泉の言うアルバイトとは、マックやコンビニの店員などではなくハルヒが無意識に作り出してしまう閉鎖空間をなんとか することだそうだ。 セールスマンの様なこの笑顔の下には、俺のような一般人には理解できないストレスもあるのかもしれん。 ちなみに、さっきから俺と古泉で話しているが長門も一緒についてきている。 いつものように無言の長門なのだが、珍しい事に回りを時々見回していた。 長門、何か変な所でもあったのか? 俺の質問に黙って首を僅かに横に振る。 こいつが危険を見つけない限りは、多分俺達も大丈夫なはずだ。 ……何か面白そうな物でも見つけたか? ありえないだろうが一応聞いてみると、長門はすぐにうなずいた。 こいつが興味を示すものっていったい……あ、マジックアカデミーとかか? しかし俺達が今居るのは大型の筐体が並ぶスペースで、見まわしてはみたがそれらしいものは見当たらない。 どれが面白そうなんだ? 無言のまま長門が指差したのは。 「意外ですね……」 店の一角を埋めるように作られたRPG体験ゲームだった。 俺もよく知らないが、内部にモニターがついているヘルメットをかぶってシートに座り。擬似世界で冒険をする……みたいな ゲームだったと思う。あれ? 俺はどこでそんな情報を知ったんだったかな……。 「おまたせ~!」 ハルヒが朝比奈さんを引きずって追いついてきた……ってお前。 「み、見ないでください……」 ハルヒの後ろに隠れる朝比奈さんはすでに涙目で、黒いバニーガールの姿に、蝙蝠の羽のような物を腰に付けたコスプレの 衣装だった。 制服越しでも直視すれば心拍数が上がってしまう様な朝比奈さんのスタイルが、今は所々狙ったかのように生地が足りない バニースタイルでさらに強調されている。 しかも羽付き。 こんな小悪魔が現れたら、魂なんていくらでも集まるのではないだろうかと思うね。俺だったら喜んで差し出す。 「もう、いつまで恥ずかしがってるの? 前にも着た事があるバニーなんだから恥ずかしくないじゃない」 お前は私服のままなんだから恥ずかしくないだろうよ。 「恥ずかしいです……これ、なんの服なんですか……? なんで羽がついてるんですか……?」 「知らないわ」 ハルヒ、いつもならお前を責める所だが今日は褒めてあげたい。俺は表情を変えないように努力しながら、さっきの話通りならば 今頃部室のPCに転送されているであろう朝比奈さんの画像を秘密のフォルダにコピーすることを心に決めた。 「あれ? 有希……めずらしいわね。あんたこれやってみたいの?」 長門は一人、筐体に置かれた説明書を黙々と読んでいる。 どうやら本当に興味があるみたいだな。 「へ~……たまにはこーゆーのもいいかもしれないわね……」 ハルヒが筐体のあるスペースの中に入って行ったので、俺達もそれに続く。 スペースの中の壁には、10個程のアンティークな扉が並んでいた。扉の間隔は狭く壁を見る限り奥行きもない、どうやら一部屋に 一人ずつ入る仕様らしいな。 扉の横に1ゲーム500円の文字とお金を入れる場所があるのを見て、ハルヒはさっそく財布から500円硬貨を取り出している。 やってみるのか? 「あんたもやるの! 多人数で遊ぶゲームっぽいしみんなで一度にプレイしたほうが楽しそうじゃない」 長門も財布から500円硬貨取り出している。 おいハルヒ、お前このゲーム知ってるのか? 「知らないわ、やって覚えればいいじゃない」 お前は説明書を読まないタイプだと思っていたよ。 「面白そうですね」 ここが普通の空間ではない事を覚えているのか忘れているのか、古泉もやる気だ。 朝比奈さんはと言えば少しでも早く個室に隠れたいらしく、すでに扉を開けようとしている。 ハルヒの500円硬貨が投入口に消えると、大げさな金属音がして扉の鍵が外れた。 扉の向こう側には大型のソファーとテーブルがあり、その上には色々ケーブルが付いたヘルメットが置かれている。 他には何も無い、モニターもキーボードもハンドルも何一つ無い。 「先にはじめてるから!」 壁越しにハルヒの声が聞こえる。 わかった! どうやら壁は薄いみたいだな、俺も大声で答えておいた。 他に選択肢もない以上こうするしかないよな。 俺は扉の鍵をかけて、さっそくシートに座ってみた。 ヘルメットはわかるが、これってどうやって操作するんだ?テーブルに置かれたヘルメットはフルフェイスになっている。 かぶる……しかないよな?多分。 「わー! すご~い……ヘルメットかぶるだけでいいんですね~」 どうやら朝比奈さんも問題ないようだな。古泉は少しはゲーム慣れしてるだろうし長門はゲームの説明書を読んでいたくらいだから 大丈夫だろう。 個室の中を探しても説明書らしき物も見つけられなかった俺は、ヘルメットをかぶってみた。 そういえば、このゲームってどこにもタイトルらしい名前が書いてなかったな……。 ん……なんだ……? ヘルメットで視界が隠されて真っ暗になると思っていたが、何故か視界は真っ白だった。 白い光に照らされているって感じじゃない。どんな理屈かはわからないが、外からの音や光は完全に遮断されている様に感じる のに視界には何も無い真っ白な空間が広がっていて、静かだが無音というわけでもない。。 「遅かったわね」 ハルヒの声に振り向くと、そこにはみんなはすでに集まっていた。 全員が筐体に入るときの姿のまま、つまり朝比奈さんは羽付きバニーガール姿だ。 ……っておい、俺は後ろを見ようと意識しただけだぞ? 意識のまま視界が動いていることに、俺は驚いていた。 「真っ白ですね」 ナレーションもなく音楽も無い、ただ真っ白な空間に俺達は立っている。 「もしかして、まだ調整中だったのかもしれませんね」 「えー! じゃあ遊べないの?」 古泉の言う事はもっともな気がする……が、時折わざとらしく送られてくる視線に嫌な予感が止まらない。 ハルヒに気づかれないようにそっと宇宙人の隣に移動して小声で聞いてみる事にしよう、できれば思い違いであって欲しい。 長門、これはもしかしてゲームなんかじゃなくて……。 「閉鎖空間」 わかりやすい返答ありがとう。 この時点で、俺は平凡な休日を楽しめる可能性を諦めた。 やっぱりそうなのか。 いくら最近の技術革新が凄いからって、複数のプレイヤーの外見を完全に反映した別空間を演出する技術なんて聞いた事もない。 ましてそんな技術があったとしても、500円1プレイなんて値段じゃないのは確かだ。 古泉もここが閉鎖空間だとわかっているらしく、ハルヒとのんびり話を続けながらもどことなく緊張している様に見える。 「キョン君、私ゲームって詳しくないんですけど……これってこの後どうすればいいんですか?」 えっとですね。 どうやら可愛い未来人さんはこれがゲームの世界だと信じているらしい。 なんて説明すればいいのか迷っていると、何か寂しげな音楽が流れ始めた。白い空間に音楽にあわせて文字が下から浮かんで くる。 ……これはなんだ? 俺達は流れ続ける文字をじっと目で追っていった。 世界の真ん中に立つ塔は 楽園に通じているという 遥かな楽園を夢見て 多くの者達が この塔の秘密に挑んで行った だが、彼らの運命を 知る者はない そして今、また一人…… 文字が最後まで流れきると、ただでさえ白い空間が一瞬光り俺達は見たことの無い街に立っていた。 見た感じ石造りの古い感じの街で、中世のヨーロッパって感じだろうか。見たことなんて無いから断言はできないが。 「ふぇ~……この時代のゲームって凄いんですね~」 「本当、凄いわね……壁も床もちゃんと触れるし」 朝比奈さんとハルヒは地面や壁に触れながら、純粋にゲームの世界を楽しんでいるようだな。正直羨ましいぜ。 って、朝比奈さん。今何気にこの時代とか言ってませんでした? 「困りましたね」 古泉はハルヒに見られないように苦笑いをしている、事情を知ってしまっている俺達は素直に楽しめそうにないな。 出られないのか? ハルヒ達に聞こえないように古泉に聞いてみた。常識が通用しない世界で頼りになるのはこいつか長門しか居ない。 「ここは僕の感覚では閉鎖空間に間違いありません、ですが何故かここには神人の気配がしません。それにいつもと違い色彩も 豊かですし……正直、状況がつかめません」 確かにいつもなら閉鎖空間はモノクロの世界だ。 これがハルヒの無意識から生まれた閉鎖空間だったら、神人を倒すことで元の世界に戻れるはずだ。だが、その神人が居ない ならどうすればいいんだ? 「どうやらここは涼宮さんの作り出した閉鎖空間では無いのかもしれません。となると、例の最終手段もここでは意味がないかも しれませんね?」 意味深な笑みを浮かべる古泉を睨んでおく。 こいつは古い事をいつまでも……。 長門、お前はどうだ? 頼りにならない超能力者から最終兵器元文芸部員へと視線を移すと、 「…………」 何故か長門は何も喋らない、いや喋らないのはいつもの事なんだが返事もしないのは珍しい。 それにまるで電池の切れた機械みたいにじっとしている。 長門? 俺は顔の前で手を振ってみたりかるく揺さぶってみたりしたが、長門はまるでネットゲームでモデムが再起動を始めたかのように 何も反応しなかった。 「何かお困りですか?」 俺達に話しかけてきたのは、優しい笑顔を浮かべた黒いスーツの男の人だった。 その人はいかにもゲームの世界の人物らしく、シルクハットなんて物かぶっている。 「友達が貧血を起こしたみたいなんです」 古泉の返答にうなずくと、 「この先に休めるところがありますのでよかったらどうぞ」 シルクハットの人が指差す先にはINNと書かれた看板があった。ここがゲームの世界だとするならば、宿屋みたいなものが あるはずだよな。 ありがとうございます。 軽く頭を下げる俺に、良識のある人シルクハットの人は会釈をしながら街の中に戻っていった。 いつのまにか居なくなっていたハルヒと朝比奈さんを探してみると、二人はすぐに見つかった。 町の人を見つけるたび、次々と楽しそうに話しかけていっている。 どうやらなんの疑いも無くゲームを楽しんでいるようだな。正直、うらやましくもある。 ハルヒ! ちょっと長門の具合が悪いんだ。 「え? ……あ、本当ね。有希、大丈夫?」 長門は相変わらずなんの反応も示さない。いつものように無表情だけど、見ようによっては辛いのを我慢しているように 見えなくも無い。 「長門さん、どうかしたんですか?」 朝比奈さんも心配そうに長門の顔を見ている。 「貧血じゃないですかね。そこに休めるとこがあるって街の人が言ってました」 「ん~……じゃあ、私とみくるちゃんでもう少し情報を集めてきてあげるから、キョンと古泉君は有希と休んでて」 よほどこのゲームが気に入ったらしい、俺がうなずけばすぐに走りだしそうな雰囲気をハルヒから感じる。 確かにハルヒと一緒に居たら、何に巻き込まれるかわからないから動けない長門はハルヒと別行動したほうがいい、が。 ついてるだけなら俺一人でもいいし、古泉も一緒に行ってこいよ。 俺じゃあ、何かあってもハルヒを止める事も守る事もできないからな――無茶をしないように見張っていてくれ。 「そうですね、僕も少しはゲームに詳しいですから涼宮さんに付いていきますよ」 俺の気持ちが本当にわかっているのか、ハルヒ達に見えないように古泉はウインクしてみせた。 「キョン、ふたりっきりだからって有希に変な事したら死刑だからね!」 するかよ……。 宿屋に俺と長門を残して、ハルヒ達は街に出かけていった。 そこは宿とは言っても広い空間にベットが規則正しく並んでいるだけの場所で天井すらないスペースだった。 どちらかというと野戦病院みたいな感じだな。それにしては屋根が無いのは致命的だと思うのだが、ゲームの世界には 雨は降らないのかもしれない。 ベットの上に座った長門は、相変わらずなんの反応も示さないでいる。 俺は長門の向かいのベットに座って、のんびり長門の回復を待つ事にした。 さてさて、これからどうなるんだろうな……。 今までの経験からすると、長門か古泉が状況を把握しない限り異常事態が解決した事は無い。となると一般人でしかない 俺にはのんびり待つしか選択肢がないよな……。 ベットに寝転んで雲ひとつない空を眺めていると、宿屋のすぐ傍に立つ巨大な塔が視界に入った。 その塔は物理法則を無視するかの様にどこまでも高く伸びていて頂上は見えず、まるで宇宙まで続いているかのようだ。 塔……そういえばどこかで聞いた気がするな。 「駄目」 突然聞こえてきた長門の声に起き上がると、向かいのベットの上にはさっきと寸分変わらぬ体勢の長門が居た。 何が駄目なんだ? 「統合思念体と限定的な形でしかコンタクトできない、情報連結は繋がっているけれど意思の疎通に無視できない障害がある」 相変わらずこいつの話す言葉は、普通の高校生でしかない俺には理解しにくい。 「……携帯の電波が悪くて、お互いの声がうまく聞こえないって感じか?」 長門は小さくうなずく。 おお、あってた。 それってまずいのか? 「私の基本方針は統合思念体の意思によって決められる、その意思が伝わらない時は状況を見て行動するように指示されている」 今日の説明はいつもよりはわかりやすいな。つまりいつもは言われるままに行動してるけど、今は好きにしてもいいって事か。 じゃあ今日は休日だな。 流れの無い湖底の様な揺るがない瞳が俺の顔を見つめている。 長門の好きに行動していいんじゃないか? 俺の返答に、長門は珍しく困ったような表情を浮かべているように見えなくもない……いや、やっぱり無表情か。 お前に好きにしろって言ったらずっと本を読んでるかもしれないが、それはそれでいいかもしれない。 ずっとハルヒの監視だけなんて高校生活じゃ面白くないだろうしな……ってまてよ、今はそんなのんきにしてていい状況じゃ なかった! 長門、お前はここから出ようと思えば出られるのか? 考えてみれば俺達は今、この世界に閉じ込められているんだった。 「出られない。統合思念体と正常にアクセスできない現状では、限定的にしか力を使えない」 マジかよ。 古泉も長門でも何ともならないなんて、これからどうすればいいんだ? 「この閉鎖世界は通常の空間とは別の次元に、ゲームのルールに従って作られている。ゲームをクリアする事で通常空間に 戻れるかもしれない」 クリア……か。 どうやらこのゲームはRPGのようだが、クリアにはどれくらいの時間がかかるんだ? しかも俺達はゲームの世界の人間みたいに、怪我をしても宿屋に泊まれば一晩で治るような特殊能力なんてないんだ。 怪我とかしないように慎重に進まないといけない……が、かといって時間がかかりすぎるとハルヒもここが普通の空間じゃない 事に気がついてしまうかもしれない。 ……まてよ? 長門、この世界がゲームの世界だっていうならさ。コンピ研の時みたいにデータを改変する事ってできないか? 「少しなら可能」 おお、望みが出てきたんじゃないか? そうだ、どうせならばいきなりクリアとかは。 「無理」 やっぱりそうだよな。 「ただいま~」 宿の入り口付近に騒がしい気配を感じると、ハルヒ達が妙にご機嫌で帰ってきた所だった。 とりあえずゲームをクリアするしか道が無いのなら、俺もハルヒみたいにゲームを楽しむのが正しいのかもしれないな。 現実逃避と言われても仕方ない発想だが、それしかないならそれが正道だろう。 何かわかったのか? 俺の言葉に、ハルヒは顔を輝かせて俺の後ろを指さす。 「それがね! あそこに見えているあの塔、あれって天界ってとこに通じてるんだって!」 嬉しそうに話し始めるハルヒの話を聞いているうちに、俺は少しだけだがこのゲームに興味を持ち始めていた。 ――3人が町で集めてきた情報によると、だ。 この町の塔は天界に通じているのだが、塔の鍵を玄武という魔物が英雄の像に隠してしまったらしい。 いかにもって設定だな。 後は、ここから南東に行くと町があるけれど、町の外はご丁寧にモンスターがうろつく無法地帯だそうだ。 「南東の町でもう少し情報を集めるしかないでしょうね」 その前に、装備を整えないとな。 わざわざ無法地帯とまで言うくらいだ、敵も出るだろう。 長門、もう大丈夫か? いつものように長門は無言のまま頷く。 「決まりね! まずは武器を買いにいくわよ!」 ハルヒを先頭に、俺達は宿屋を後にした。 「ちからのもと? ってこれ何、野菜?」 「HP200……キョン君、これって何ですか?」 店にはいかにもゲームのアイテムといった商品が並んでいる。店主もプログラムされた事しか話せないのか、何度話しかけても 「なんの ようだ!」としか答えてくれない。それにしても無愛想な店主だ。 俺もこのゲームは初めてだからわかりません。……長門、わかるか? 「HP200は体力の最大値を上げる薬、ちからのもとは力を上げる薬……」 すらすらと長門はアイテムの説明を話はじめ、それは店にある全てのアイテムの説明が終わるまで止まらなかった。 驚いた顔で固まる俺達、朝比奈さんはぱちぱちと手を叩いている。 「有希、このゲームやった事あるの?」 長門は首を横に振り。 「説明書に書いてあった」 と答えた。 「じゃあ、どれが私向き?」 店に並んだアイテムの中から長門がハルヒに選んだのは、細身の剣「レイピア」だった。 「あの~私はどれがいいでしょうか……」 長門はまるで規定事項のように朝比奈さんには弓を――俺には何故か盾を選んだ。 武器を選んで貰ったハルヒ達はさっそく武器を試してみている。 ハルヒと違って朝比奈さんは武器なんて触った事もないだろう。 まあ、俺もハルヒもないはずだが。 それとなく長門に聞いてみる。 まあ俺が盾なのはいいとしてだ、朝比奈さんに弓はまずくないか? あの人の場合敵に当てられないというより、味方に当ててしまいそうな気がするんだが……。 「オートロックオンモード。敵にしか当たらない設定、大丈夫」 視線の先で、朝比奈さんがおっかなびっくり構えた弓から勢いよく矢が飛んで行った。 「キョンく~ん! この弓凄いです! 狙ったとこに飛んでいくんですよ!」 町の壁には、朝比奈さんが放ったのであろう矢が一か所に何本も突き刺さっていた。 朝比奈さんは大喜びで手を振っている。 普通はそんなに弓が強かったりしないんですよ? なんて無粋ことは決して口にはしない。 ああそうか、野球大会の時みたいな感じなんだな。それなら自分の身も安心だ。 一方ハルヒはと言えば、そんなに軽そうには見えないレイピアを片手で華麗に振り回している。こいつには苦手な物などないのか? 長門と古泉はどれにするんだ? 「僕はこの世界では多少、力が使えるみたいです」 言いながら差し出した古泉の手の上に、例の赤い玉が現れる。 「ゲームの世界の能力。エスパーボーイって事でお願いします」 公然と能力が使えるのが楽しいのか古泉は嬉しそうだな。 古泉、長門の話だとどうやらこのゲームをクリアしないと元の世界には戻れないらしい。 「そうですか、じゃあ頑張らないといけませんね」 のんきな返答にしか聞こえないが、実際それ以外に方法は見つからない。 長門はどれにするんだ? 「大丈夫」 大丈夫って……。素手でいいのか? いつものように長門は無言のまま頷く。気のせいかもしれないが、その顔は少しだけ楽しそうに見える。 ちなみに、長門のデータ改変のおかげで店の売り物は全部無料だった。 「プレオープンキャンペーン中」 という説明でハルヒはあっさり納得したらしい。 ステータスアイテムもいきなり最大値まで使ったおかげで、長門によればよほどの事が無い限り怪我とかの心配はしなくても いいそうだ。 ご都合主義? 制作者には悪いが。先が見えないゲームの世界でルールなんて物にかまってられないのさ。 南東は……道が一方にしか伸びてないからこっちだろうな。 準備を終えた俺達は、さっそく南東の町へ向かって出発した。 「さー! モンスターでもなんでもいらっしゃい!」 物騒な事を言いながらハルヒが先頭を歩いている。 その後ろに俺、長門、朝比奈さんと続き最後尾は古泉だ。こうして歩いていると、いよいよ冒険の物語って感じがするな。 広い荒野には俺達しか姿が無く、遠くからは鳥の声が聞こえてくる。 「……おや、どうやら敵がきたようですよ?」 広い荒野に小さな影が見えたかと思うと、それはまっすぐこちらに向かって走ってきた。 小さな子供位の大きさで、手にはナイフを持つ醜悪な外見の怪物。 ゴブリンか? 「コボルトかもしれませんね」 いきなりホブゴブリンって事はないだろうな。 「名前はいいから!あれって倒してもいいんだよね?」 目を輝かせながらハルヒが聞いてくる。その闘争本能をスポーツにでも活かせばいいだろうに。 友好的には見えないから戦っていいぞ 俺が言い終わらない内にハルヒはゴブリン(仮称)を迎え撃ちに走りだした。 敵のナイフが届かない間合いを維持しながら、ハルヒのレイピアが敵を突き倒していく。 やれやれ、俺達の出番はないみたいだな。 「そうでもないようですよ?」 答えながら古泉が赤い玉を作り出て構える、その視線の先には5つ程の小さな鳥の姿があった。 それはこちらに近づくにつれて徐々に数を増やし大きくなっていく。 「朝比奈さん、援護をお願いします」 「は、はい!」 古泉の玉と朝比奈さんの矢が鳥に向かって飛んでいく、それは次々と命中していくが 「……これは間に合いませんね」 敵の数が増える方が多くて、近づかれる前には倒しきれそうに無い。 「キョン! そっちは任せたからね!」 ハルヒも多対一では余裕はないようだ。 とは言っても俺は盾しか持ってないんだが……。 矢と玉の雨の中を切り抜けてきた鳥が、まっすぐこっちに突っ込んでくる。 ええい! やるしかない! 俺は朝比奈さんめがけて急降下してきた鳥の進路に立ちふさがり、盾を身構えて鳥の突撃を防いだ。 ……ごんという鈍い音が響き、鳥はあっさり地面に落ちる。 「キョン君大丈夫ですか?!」 思っていたような衝撃も無く、怪我もない。凄いなこの盾、これにも長門が何かしてくれたのかもしれない。 大丈夫ですよ。 残りの鳥は古泉の活躍で撃墜され、ハルヒも最後の一匹に止めを刺した所だった。 残ったのは地面に倒れたまま動かない鳥が一羽、さてどうしたものかと思っているとここまでじっとしていた長門が歩いてくる。 何も言わないまま長門が鳥に触れると、鳥は跡形も無く消えていった。 「有希凄いじゃない! 今のなになに?」 「特殊能力」 「え~いいなぁ! 私も有希や古泉君みたいに何かすっごい能力とか使えないのかな?」 さっそく適当な名前を叫びながらレイピアを振っているハルヒはおいといて、だ。 長門にとって敵は所詮データに過ぎないから消去することもできるわけか。「ゲームの中という大義名分」がある以上、長門は いつも以上に無敵の存在かもしれない。 その後は何事も無く、俺達は南東の町に辿り着いた。 「ここは英雄の街さ」 入り口に立つ人が不自然な笑顔で話しかけてくる。 試しに何度か話しかけてみたけど同じ返答しか来なかった。やっぱりゲームの中に居る人は決められた事しか話せないみたいだ。 実写でゲームはやるもんじゃないって言ってた小学生がいたが、その通りだぜ。 ……あれ、そういえばあのシルクハットの人は普通に話せてたよな? もしかしてあの人はゲームの進行役というか案内係とかなのかもしれない。 「別れて情報収集するわよ、10分後にあの街の真ん中の像の前に集合!」 言い終えたハルヒは返事も待たずに走りだしていく。 この世界がハルヒのストレス解消の為に作られたのなら、大成功だと言わざるを得ない。 「では、僕達も行きましょう」 俺達はそれぞれ街の人に聞き込みをはじめた。 せっかく別行動にしたのだが、10分どころか5分もしないうちに情報収集は終わってしまった。街はとても小さな作りで、最初の街 同様に街の人も殆ど居なかったからだ。 「集まった情報をまとめると……この街の英雄の像を元の姿に戻せば塔に入れるようになるって事みたいですね」 その為には剣と盾と鎧を集めなければならない、多分3人の王様ってのが情報を持ってるか装備を持ってるんだろう。 やっぱり古典的な普通のRPGみたいだな。 「じゃあ別れて集めに行きましょう、くじ引きできそうな物……って何かない?」 またくじ引きか。流石にゲームの世界で爪楊枝は無いぞ。あるかもしれないが。 あ、そうだ。 これでいいか? そう言って俺が取り出したのはプレオープンのチケットだ、これなら人数分あるしいいかもしれない。 ハルヒがチケットに印を入れて順番に引いた結果。 俺と長門。 ハルヒと朝比奈さん。 古泉は一人。 という3つのパーティーが出来上がった。 何故かハルヒは不満そうな顔をしているが、文句があるなら最初からくじ引きじゃなくて、自分で決めればいいだろうに。 いつもなら団長命令とか言ってなんでも自分の好きに決めるんだ、何故くじ引きにこだわるんだ? 「……まあいいわ、じゃああたしとみくるちゃんは剣の王様から剣を奪ってくるから」 確かに盾と鎧はハルヒってイメージじゃないな。 物語の展開上そうなるなら仕方ないが、一応は交渉する方向でいけよ? お尋ね者にはなりたくない。 無駄になるであろう忠告をハルヒはさっそく聞き流している。 「それでは、僕は盾の王様に会いに行きますね」 古泉は一人なので、街から近い盾の王様に決まった。 残った俺と長門は鎧の王様。 集合場所をこの像の前に決めて、俺達はそれぞれの目的地へ向けて移動をはじめた。 「よくいらっしゃいました。2階へ行って王様の悩みを聞いてあげてください」 俺と長門は鎧の王様の城に辿り着くと、妙に愛想のいい兵隊に迎えられてさっそく王様に会うことになった。 ちなみに街から城まで3分とかかっていない、どうやらここは小さな世界みたいだな。 あなたが王様ですか? 2階には人目でそれとわかる豪華な鎧を着た人が椅子に座っていた。 「そうだ俗に言う恋煩いだ」 ……会話が噛み合わないのは俺のせいなのか? え……えっと恋煩いですか。大変ですね。 「うむ。南の村の娘でな。どうしてもうんと言ってくれんのだ‥‥」 ここは俺達がなんとかしますとか言うしかないよな? 俺は視線で長門に訴えてみたが、予想通りなんの反応もなかった。まあ、適当に話しても多分なんとかなるんだろう。 わかりました、とりあえず話を聞いてきます。 「望みの物をとらせよう」 ……最後まで話が噛み合わないまま、俺達は南の村とやらに向かうことになったようだ。 そういえばさっきから敵が出ないけど、お前がなんとかしてくれてるのか? 気になっていたことを、城からのんびりと南の村に向かいながら長門に聞いてみた。最初に敵が出てから一度も戦闘が ないってのは、ゲームバランスとしておかしい。 「エンカウント率は0にしてある、イベント以外の戦闘は回避」 なるほど、時間をかけない為にはそれしかないか。アイテムでドーピング済みだし、多分なんとかなるかな。 川をいくつか越えると小さな集落が見えてきた。どうやらあれが南の村らしい。 ――いままでが順調過ぎたのかもしれない。 俺達が辿り着いた時、南の村はスライムのようなモンスターでいっぱいだった。 これは……村がモンスターに襲われてるって事だよな。 モンスターを全滅させてくれってイベントなんだろうか。俺は盾を持つ手に力を込めた。盾でどうするってわけでもないが。 「違う」 長門は何も警戒しないままスライムの一匹に近づいて行った。 お、おい大丈夫なのかよ?仕方なく俺も盾を構えながらついて行く。 長門がスライムの目の前に立つと 「奥に居るのが村一番の美人だよ」 どこから話しているのか分からないが、スライムは友好的に教えてくれた。 ……これ、もしかして村人なのか? どうみてもモンスターにしか見えないが、多分そうなんだろう。村中にうごめくスライムの群れは、しばらく夢に出そうな光景だ。 朝比奈さんがここに来なくてよかったよ……ほんと。 ――色々あきらめつつ村の奥に行くと、一匹だけ一箇所で止まったまま動かないスライムが居た。 もしかして、これ、じゃなくてこの液体が……その あ、貴女が村1番の美人さんですか? 俺はどの部分に話しかけて良いのかわからないので、スライム全体に向かって話しかけてみた。スライムは俺の言葉に うごめいている。 「うなずいてる」 長門、こいつの動きの意味がわかるのか? 長門は当たり前とでも言うようにうなずいた。 ……もしかして、もしかしてだぞ? 宇宙人である長門から見たら、俺達人間もこのスライムもそんなに変わらない物なのか? その事について詳しく聞いてみたいのを我慢しつつ。俺は村一番の美人らしい物体との会話を続ける事にした。 あの、私的な事を聞いてすみません。俺達、王様に頼まれてきたんですが。どうして王様のプロポーズを断るんですか? 「盗賊に脅されているんです。嫁にならないと村を焼き払うって。村を犠牲にはできません」 どこに発声器官があるのか謎だが、悲しそうな声でスライムは喋っている。 ……声だけ聞けば綺麗な声だとは思う。もしかして、王様は目が見えないとか……まさかね。 村で盗賊の居場所を聞いた俺達は、さっそく盗賊が居るという洞窟に向かった。 そういえば他の3人は大丈夫だろうか? ゲームはそんなに問題ないだろうけど、ハルヒが無茶をして朝比奈さんを困らせてなければいいんだが。 洞窟の中は日が差さず、薄暗いのに何故か遠くまで見渡せた。この辺はゲームならではなんだろうけどありがたい。 朝比奈さんみたいなタイプなら、こんな場所だと怖がってしがみついて来そうな場所だ。 長門は特に表情も変えないまま俺の後ろをついてくるだけだった。 まあ、いつもの事だよな……だがまあ物は試しともいうし階段をいくつか下りたところで一応、男として言ってみる事にした。 長門。 俺に呼ばれて長門が俺に視線を向ける。 怖かったら手を掴んでもいいんだぞ? 長門の返答はなかった。 そのまましばらく待ってみたが、やはり返事はなかった。 すまん、俺が悪かった。 とりあえず謝って、俺はまた洞窟を歩き始めた。 再び俺の後ろを歩き始めた長門が、俺の服の端を掴んでいるのに気づいたのはしばらく後の事だった。 「誰が入っていいと言った!」 洞窟の一番奥に入ると、突然そんな声が聞こえてきた。 お、ボスキャラかな? 俺は盾を構えてさらに奥へと進む。声の主は、巨大な蛙みたいな何かだった。 えっと、村一番のスラ……美人さんから手を引いてくれませんか? どう見ても説得には応じない感じだが、対話と圧力で交渉してみる。 「やろう、ふざけるな!」 そうだよな、盾しか持ってない高校生なんか怖くもなんともないよな。現実の世界で居れば別の意味で怖いんだろうが。 大蛙はいきりたってこちらに向かって来た!やっぱり見た目の戦力がなければ、たとえ潜在戦力があっても圧力にはならない という日本の外交問題が意図せず露見されたわけだ……と適当に難しそうな言葉を並べてみる。 長門、頼めるか? 俺の言葉に長門は小さくうなずく。 俺は盾を構えて、まっすぐ突っ込んできた蛙の突進を受け止めた。やっぱりそうだ、なんでかはわからないがこの盾は衝撃を 完璧に消してくれるらしい。 頭から突っ込んできた蛙を盾であっさり押しとどめると、すかさず長門が横から蛙に手を触れる。 じゅっ! と焦げる音がして長門の手から煙が上がる。それと同時に蛙は跡形も無く消えていった。 な、長門大丈夫か?! 長門の手は、蛙に触れた部分が真っ赤に腫れあがっている。 「カウンター型の能力」 いや、俺はそんな事を聞いてるんじゃなくてだな? もうここには用はないはずだ。俺は長門を抱えあげて急いで洞窟の外に向かった。 汗だくになりながらもなんとか外に出た俺は、洞窟の近くにあった川のそばに長門を下ろした。 完全に息が上がってしまって、言葉にならない。 俺は長門に川を指差して、自分の呼吸が落ち着くのを待った。人間、必死になれば何でもできるもんだな……。 大きく深呼吸しながら草むらに仰向けに寝転んでいると、長門が川から戻ってきた。 俺のすぐそばに座って手を差し出してくる。 「水」 両手で水をすくってきたらしく、手の隙間から雫が落ちている。 あ、ありがとう。 人の掌から直接水を飲むっていうのは、なんというか気恥ずかしいが今は疲れていて気にならない。 上半身を起こして長門の掌に顔を近づけると。 あれ? 長門の手は、綺麗な白い肌に戻っていた。とりあえず水を飲んでからにしよう。 ……人の手から水を飲むのは以外に高難易度だった、機会があれば試して欲しい。 ありがとう、長門。 喉は潤ったが、まだ体は動いてくれそうにないな。とりあえずお礼を言って、俺はまた草むらに寝転んだ。涼しい風が 通り抜けていく。 このまま昼寝でもしたい所だが……そうもいかないよな。 長門、手は大丈夫か? 「平気」 洞窟で見た時はどうみても平気には見えなかったのだが、今はいつもの透けるような白い肌に戻っている。 考えてみれば、だ 全身を貫かれた時も、制服を含めてあっさり治して見せた長門には火傷なんてものは怪我のうちに入らないのではないだろうか? ……もしかして、俺よけいな事したか? 俺の顔を見ながら長門は顔を横に振った。 その顔はなんとなく嬉しそうに見えた……気がしないでもない。 「ありがとう」 鎧の王様の城に戻ってみると、そこにはすでに村一番の美人スライムが来ていた。 ゲームの世界とはいえ、スライムが好きな人が王様で国民はいいんだろうか?まあいいか。 いえ、どういたしまして。 「うむ。何が望みじゃ?」 相変わらず会話が成立しない……その辺は諦めるとして、とりあえずゲームを終わらせないとな。 王様は英雄の像が着ていた鎧をお持ちだとか? 「そうか。わかった!!」 何がわかったんだ?王様は俺と長門の目の前で突然鎧を脱ぎ始めていく。 次々と鎧を外していき、ついには下着姿になった王様を見ても長門は表情一つ変えなかった。 長門の前で堂々と鎧を脱ぐ王様も、ある意味すごいが。 キングのよろい を てにいれた。 ……まあいいか。 「あ、戻ってきましたよ!」 俺と長門が南東の町に戻ると、そこにはすでにみんな揃っていた。 「お疲れ様です」 古泉の手には大きな盾が 「遅かったわね」 ハルヒの手には身長と変わらない程の長さの立派な剣が――なんで片手で持てるんだ? 「キョン君、重そうですね」 俺の背中には、王様の着ていた鎧の入った木箱が重く圧し掛かっている……本当に中世の人はこんなのを着てたのか? 本当は飾ってただけなんじゃないかと俺は思うんだが? やっと荷物を降ろせた俺はそのまま地面に座りこむ。 「さあ、さっそくこの像に全部装備させるわよ!」 が、ハルヒの号令でさっそく像に鎧が着せられる事になった。 休ませてくれ……なんて聞くわけないよな。はいはい。 十数分後、ようやく鎧を着せ終えた俺はハルヒに見えないようにと少し離れた場所に座った。 後は剣と盾だから俺が休んでいてもすぐに終わるだろう。 「お疲れ様でした。キョン君の方はどんなストーリーだったんですか?」 力仕事なので朝比奈さんも休憩中だ。 なんというか、人の趣味ってのはわからないって感じでしたよ。 全部話してたらきりが無いので、俺は率直な感想を伝える。 「今度詳しく教えてくださいね、私と涼宮さんも大変だったんですよ」 朝比奈さんの笑顔で癒されていると。 「完成!」 ハルヒが像の上にまたがって剣を持たせたところだった。 ……そんな所に登ると色々下から見えるんだが。 と、注意したいが注意すればしたで怒るのは分かっているので見てない振りをしておくことにしよう。 ハルヒの声を待っていたかの様なタイミングで、立派な姿に戻った像の前に光り輝く黒い水晶が現れた。 おお、これがクリアアイテムって奴か? 呆然と水晶を見つめていると、地面が揺れだし俺達はそれぞれ武器を取って身構える。 そうだよな、普通はボスが居るもんだよな……。 「3つのアイテムを集める奴がまた出たか!」 突然その場に現れたのは、巨大な亀の化け物だった! 「あ!もしかしてこの亀が玄武ですか?」 嬉しそうに朝比奈さんが手を打つ。 「そういえば、玄武って魔物が像の中に塔の鍵を隠したってどこかで聞いたわね」 「ボスキャラ、でしょうね」 ハルヒと俺が前に立ち、朝比奈さんと古泉は後ろに長門は少し離れた場所で隙を窺っている。 じりじりと距離を詰める俺達に向かって大きく吼え、玄武が俺に向かって突進して来た! 一番弱そうに見えたのか? 正解だ。 だが悪いな、こっちにはチートアイテムがあるのさ! 人間の数倍はある玄武の突進は、俺の盾の前にまるで停止ボタンを押されたかの様にあっさりと阻まれた。 停止して隙だらけになった玄武に一斉に攻撃が降り注ぐ、ハルヒのレイピアは易々と玄武の甲羅を引き裂き、朝比奈さんの弓と 古泉の光球が玄武の勢いを止める。 俺の出番は終わりだな。 他にする事もない俺は長門に玄武が向かわないように、視界をふさぐように周りを逃げ回っていた。 俺にできることと言えば後は応援くらいだが、俺に応援されて喜ぶ奴もいないだろうし大人しくしている事にしよう。 その間もハルヒ達の攻撃は雨の様に続き、ついに玄武は動かなくなった。 「思い知った?これがSOS団の実力よ!」 「お見事です」 正しくはドーピングの力だろうがな。 空に向かってレイピアを突き上げながら、高らかにハルヒが勝鬨を上げている。 心底楽しそうなハルヒを見ると、このゲームが誰の意思で作られたのかは別として涼宮のストレス解消にはかなり役立ったような 気がする。 でもそろそろ終わりにしてもいいよな? 俺は長門に向かってうなずいて見せた。長門が玄武に近寄り体に触れると、その巨体がゆっくりと消えていく……。 「これで勝ったと思うなよ!」 最後に悪役らしい捨て台詞を残して、玄武は消え去った。 「ふん、けっこう面白かったから2が出たら遊んであげるわ」 ハルヒは黒い水晶を掴んで不敵な笑みを浮かべた。 製作者さんよ、できれば次回作は一人プレイにしてくれないか? 最初の街に戻った俺達は、さっそく中央にある巨大な塔の前にやってきた。 「おや、それはクリスタルですね」 やはり案内係なのだろうな。塔の前には、シルクハットの男性が待っていた。 「これクリスタルっていうの?このあたしが玄武を倒して手に入れたのよ」 嬉しそうにハルヒは答える。 倒したのは俺以外のみんなで、止めを刺したのは長門なんだけどな。 「それは凄い! それは貴重品なだけではなく、この塔の鍵でもあるんですよ」 やっぱりこの人だけは普通に会話できるみたいだな。 優しい笑顔を浮かべているシルクハットの人は、物静かな感じのする年齢のよく分からない人だ。 「情報通りね、じゃあさっそくいくわよ!」 「どきどきしてきました~」 クリスタルを手に、塔に向かってハルヒが歩き出すと爆発音と共に塔の扉がゆっくりと開いていく。 みんなで塔の中へと入っていくと、中には塔の上に続く螺旋状の階段が伸びていた。 これでクリアだと思うと、単調な階段を登る時間もなんとなく楽しかったりしてくる。 「やれやれ、これでクリアですね」 古泉が嬉しそうに息をつく。 こいつはこいつでずっと気を張っていたのかもしれないな。 「面白かったです~、キョン君ってこ~ゆ~ゲームをいっぱいやってるんですか?」 ここがゲームの世界だと最後まで朝比奈さんは信じているようだな。ここまで信じているのなら、本当の事は話さないでいいかも しれない。 いえ、俺もこの手のゲームははじめてです。 「そうなんですか~」 結構楽しかったようで、朝比奈さんは名残惜しそうだ。 「……」 長門は何も言わないが、満足そうな顔に見える。 色々あったが俺も楽しかったし、これはこれでSOS団の思い出の1ページになったと言えるだろう。 塔の扉を次々と開けていき、その先にあったものは……。 ――青い海、白い雲、そよぐヤシの木。 波の音と潮風の匂いがするそこはどうみてもゲームセンターではなく、これでゲームクリアだと思っていた俺達は、しばらくの間 その場で固まっていた。 涼宮ハルヒの欲望 Ⅰ ~終わり~ 涼宮ハルヒの欲望 Ⅱへ その他の作品
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3609.html
ここは部室。 いるのは長門と古泉と俺。 いつもよりちょっと笑顔が偽者臭い古泉と会話をしている俺は今日も深い溜息をついた。 「またかよ」 閉鎖空間。 3年に進級した今もそんなものが発生しようとは疑問しか湧いてこない。 その理由は古泉によると俺だけが知らない等と言いおった。イジメかよ。 最近じゃ2人きりの活動も少なくないからな。勉強とか勉強とか・・・ 周りは冷やかしたりするがハルヒは恋人じゃないっての。間違ってもそんな関係になるばずがない。 まぁとにかくハルヒと過ごす時間が一番多いのは俺だから最近のご機嫌なハルヒを見る限り大丈夫と思っていたのだが・・ 「では、よろしく頼みます」 「何をだよ」 「涼宮さんのこと です」 そう言って古泉は立ち去っていった。バイト乙。 ・・・って他人事じゃないんだけどな。 俺はまた溜息をついて椅子にぐにゃりと座る。 しばらくうなだれていると突然後ろから声がした 「これ」 「ぅおっ・・・長門!?」 「あなたに」 そういって差し出されたのは四角いケース。 「必要な時だけ、使って。」 「・・・これは?」 「性能は保証する。宇宙人と発明家の太鼓判付き」 そう言って長門は椅子に戻った。突っ込みぐらいさせてくれよな。 俺は恐る恐る箱を開けて中身を見る。 眼鏡だった。 かけてみようかと思った矢先にハルヒと朝比奈さんが戻ってきたので眼鏡ケースはバッグに入れた。 ハルヒはやっぱり朝比奈さんで遊んでいたようだ。やれやれ・・・ 卒業した後も律儀に部室に顔を覗かせる朝比奈さんには平伏するね。 活動が終わった後、俺はハルヒと共に帰り道を歩む。 厳密には帰り道ではない。これから俺の家に行って勉強するのだ。 テストの赤点対策から始まり、宿題、試験勉強、 そして今は受験勉強と、俺はハルヒと勉強するのは日常生活の1部になっていた。 今では毎日ハルヒと勉強している気がする。ハルヒ曰く「教える側の方が勉強になるのよっ」だそうだ。 まぁやる気が無い日というのも実は存在して、話をしたりゲームをしたりする日もあるんだがな。 勉強も一段落ついてハルヒの「ちょっと休憩!」の声がかかった。 ハルヒは俺の布団にもたれて寝てしまった。ちょっとは状況を考えてほしい。 俺の苦労や悩みを何も知らないんだろうな、こいつは。 お互い様か? そこで俺は鞄の中のケースに気が付いた。そういえば眼鏡貰ったんだったな。 ケースを開けて眼鏡をかけてみた。おお、結構見やすい。 視力は良い方だと思っていたが、そんな俺でも更に見やすくなったぞ。 ハルヒの寝顔もばっちり見える。教科書の文字も読みやすいな。 しばらく眼鏡で遊んでいると下に敷かれていた紙に目がいった。眼鏡拭きではないようだ。 紙を広げてみると、見覚えのある整った字が目に入った。 左 不快指数 右 愉快指数 ・・・なんだコレは。 どうみても普通の眼鏡ですよ長門さん。 それに不快指数って気温と湿度の組み合わせで決まる人体の感ずる不快の程度のことだよな? と思いながらはずしてもう一度見ると耳にかける部分にスイッチらしきものを見つけた。 カチリ、と押してみる。もう一度眼鏡をかけてみる。やっぱり何も変わらない。 まぁ勉強するには最適の眼鏡かもな。 「キョン。どうしたのその眼鏡」 げぇっ。ハルヒが起きよった。 「お前はもう少し寝て・・・ろ!?」 「なによその言い方!どういう意味よ!!」 正直俺はそれどころではなかった。 視界の隅に異変が起きたからだ。 73 49 左目のレンズに数字が出てきた。 しかもハルヒは気づいていない。と思ったら気づいたらハルヒが目の前にいた。近いって。 「キョン!聞いてるの!?」 いかん。とにかくハルヒをなだめなくては。そこで俺は思いついた。 あのわかりにくい10文字の説明文でもレンズに出てきた数字を見ればすぐに推理できる。 「ハルヒ。お前の寝顔はなかなか可愛かったぞ。」 「!?」 55 61 なるほどね。長門。いいものを用意してくれたな。 今ならわけのわからん太鼓判にも納得できるぜバーロー。 「はは、冗談だけどな」 「それであんたからかってるつもり!?しかも人の寝顔見るなんて趣味が悪いわよ。」 68 43 どうやら”からかい”はうまくいった様だ。 それにしてもこいつめ、人の部屋で勝手に寝顔晒しておいてなにを言うか。 ・・・しかしここはとりあえず謝っておこう。 俺はすごいもんを手に入れたのだからな。こいつの評価は530000だ。 「すまんな。なんか気分が穏やかになってみただけだ」 「なにそれ。気持ち悪い」 嫌そうな顔を見せるハルヒ。でも内心はそんなに嫌ではないらしいな。 今日は古泉にも苦労させちまったみたいだしな。 俺はその後かつてないほど真面目に勉強し、お茶を持ってきたり軽食を持ってきたり とにかく思いつく限りの気が利く行為をハルヒにしてやった。 ハルヒは「今日のあんた変!」等と言ったが、数字は嘘をつかなかった。 35 90 ああ、こいつももっと素直に喜べばいいのに。 内心はちゃんと嬉しいんじゃないか。何故隠す必要があるんだ。 こいつの感情表現は素直な方だと思っていたのに、今までもこうやって嬉しさを隠していた時があるのかと思うと実にもったいない。 でもいくらか不安になっているということはやっぱり俺を疑っているのは本当だということか・・? ・・・当然といえば当然かな。 そろそろ時間だな。ハルヒを送っていく時間だ。 俺達は自転車に乗って夜の道を進んでいる。 「なんか今日は時間がたつのが早いわね。あんたのせいよ」 「知らん。日によって気分はころころ変わるもんだ。 それはおまえが一番良く知ってるだろう。」 「じゃあ今日はどんな気分だったのよ」 ・・・・ここで俺は詰まった。ここで本当のことを言ったら当然地雷だろうな。 でもハルヒを本当に喜ばせてみたい。なんて言えばいいんだろう。 ハルヒを見ると言葉に詰まった俺を見てちょっと不安そうな顔をしている。 不安の数値がちょっとずつ上がっている。そんなに不安か?何故そんなに不安なんだ。 赤信号の前で止まり、もう一度ハルヒを見る。 「だから、そういう気分だったんだ。」 「そう」 71 50 ・・・・やっぱりはぐらかすのは損なんだな。でもこれは多分いつもの俺だ。 数字に惑わされちゃだめだよな。 自転車が進む音と風を切る音が聞こえる。 ちょっと心地よくなってきたところでハルヒの家に着いた 「明日遅刻しないでよ。」 「ああ。・・・あーハルヒ。今日も、あー、お疲れさん」 「なによそれ」 「だから、お疲れさん。明日も頼むぜ。」 「何よ改まって。当たり前でしょ。」 58 62 ちょっとはましになったか・・・。でもこれで俺も古泉も、他の2人もちょっとは安泰か。 今までの数値が気になるところだな。まぁ今更どうしようもないんだがな。 あれから数日経った。 俺は長門に貰ったハルヒのご機嫌測定器のおかげで順調な毎日を過ごしていた。 某新世界の神と某皇帝の息子も言っていたように、武器は知らねばならない。 俺なりに調べてみたところ、どうやらあの眼鏡はハルヒ専用らしい。 なので谷口を見ても長門を見ても何も起こらなかった。 あとハルヒが視界に入っていないと数字が出てこない。後姿はOKのようだ。 電池は長門曰く1年は持つらしい。流石というべきか。 そうして俺はこの眼鏡を、特にハルヒと勉強している時は絶対につけるようになった。 なんせ眼鏡としての本来の機能も抜群だからな。 次第に学校でも勉強中につけるようになり、そしてついに部室でも付けるようになった。 気が付けば殆ど1日つけている気がする。 ハルヒは思ったより不安を抱えているらしく、全体で見ると不安の数値の方が高い。 驚いたのは俺と会話している時のハルヒは数字が常に変動しているということだ。 古泉と会話している時も、朝比奈さんをいじくっている時も、愉快数値の方が上回っているのに俺だけはまるでシーソーのようにぐらぐらしている。 そんなに俺の反応が怖いのか? むしろどちらかといえば俺がお前の反応にいつもビクビクする側だと思っていたのに。 俺は若干の疑問を抱えつつ、ちょっと優越な日々を過ごしていた。 「長門。いいもんをありがとな。」 「そう」 そんなある日の昼休みの部室で、俺は改めて長門に礼を言った。 いつもなら返事をした後読書に戻るはずなのだが、長門は顔を上げて俺を見た。 「・・・」 見詰め合っているのも変なので俺が話を切り出す。 「どうした。俺の顔に何かついているのか?」 「眼鏡」 そうだな。何かついているとしたら眼鏡だな。流石長門 ・・・じゃなくて。 「ああ、今もつけさせて貰っている。なんせ便利なもんでな・・・」 「・・・」 「長門?」 「・・・使いすぎないほうがいい」 長門は表情を一切変えずに、要はいつもと同じ調子で言った。 そのはずなのにその一言は何故か俺のどこかを突き刺した感覚がした。 「あ、ああ。そりゃ他人の心を覗くなんてのぁあんまり良くないとは思ってるが・・」 「・・・そう」 「いやすまん。これからは気をつける。」 そう言って俺は眼鏡をはずした。 遠くの景色がほんのわずかにぼやけたが、やはり肉眼で見るのが一番いいな。 ここで予鈴のチャイムが鳴った。俺は教室に戻ろうと思ったが長門がまだこっちを見ている。 「長門?ひょっとしてまだ何かあったか。」 「・・・」 「無いなら教室戻ろうぜ」 「・・・情報の」 「・・・?」 「伝達に、齟齬が発生する。よって、伝えることは不可能。」 そう言って長門は本を閉じた。 それがジョークかどうかは最後までわからなかった。 俺は急いで教室に戻って授業を受ける。その次の休み時間のことである。 「キョン。今日はSOS団の活動は中止よ」 「おお、やっと休みになったか。流石団長様だ。団員の心疲れをわかっていらっしゃる。」 「何言ってんの?SOS団は休みだけどあんたは違うわよ。」 「は?」 「あんたには放課後ちょっと付き合ってもらうから。 ふふん、大丈夫よ。単純なあんたなら絶対に喜ぶことだから。」 そう言って不適な笑みを浮かべるハルヒ。なんて恐ろしい。 そういう誘い文句で地獄を見たことが何度あると思ってるんだ。 くそっ。眼鏡をかけて来ればよかったぜ。 「何で俺なんだ」 「だから喜びなさいって言ってるじゃないの。」 だめだこりゃ。 気が付いたら放課後になり、俺はハルヒに手を引っ張られて昇降口を出ていた。 手首ではなく手を掴むようになったのはいいんだがなんか周りの視線が痛い。また勘違いされるぞ。 そんな俺の焦りも知らず学校の裏に歩いていくハルヒに俺は何も言わず引きずられるのみであった。 連れてこられたのは人の気配の無い駐車場。 こんなところに俺を連れてきて何をしようというのだ。ちなみに俺は眼鏡をかけていない。 ハルヒを見ると鞄をごそごそ探っている。俺をちらりと見てはまたにやりと笑う。 「キョン、これ、なんだか分かる?」 ハルヒは鞄からそのブツを取り出して俺に質問をしてきた。 「分かる」 「そうじゃなくて、これは何って聞いてるの」 「だから見りゃ分かる。若葉マークだ。」 そう、初心者マークの通称だな。特に自動車免許の・・・ まさかな、と思う間もなくハルヒは目の前にあった車にそれを貼り付けた。 おいおいお前・・・ 「そう!驚いたでしょ。これ、あたしん家の車だから大丈夫よ。教師の目なんてちょろいちょろい。」 「いつのまに免許取ったんだ!?」 「取ってないわよ。まだ通ってる途中よ。」 「思いっきり違反じゃねーか!」 「事故んなきゃいーのよ。ゴタゴタ言わずにさっさと乗りなさい。」 そう言ってハルヒは車に乗り込みエンジンをかけた。 薄いベージュの軽車。車に乗り込みシートベルトをつけたりミラーを確認したりする姿が初々しい。 俺は仕方なく助手席に乗り込んだ。すごく変な気分だ。 「どこに行くつもりだ」 「そんなこと聞いてどうすんのよ。」 質問に質問で返された。この理不尽さには慣れつつあるがやはり虫の居所が変わるのは実感できるな。 「どこに行くかもわからん車に乗れるか。降りるぞ」 「ダメ! ・・・わかったわよ。車で30分ぐらいのとこ!これでいいでしょ!」 良くない と言いたいが、多分今日のためにハルヒはいろいろ準備をしたのかもしれない。 車を借りるのだってそれなりに苦労するんじゃないか。 そんなことをいろいろ考えてまたやれやれと言う余裕が出来た頃には車は学校から出発していた。 車の中での会話がちょっとぎこちなかったから昨日やったところの復習というということで、俺は車の中で昨日やった問題をハルヒに出題してみた。 ここで俺は鞄から問題集を出すついでに例の眼鏡をかけた。 ハルヒは運転中なわけで俺がいくらハルヒを見ても気づかれにくいので好都合だ。 62 75 ・・・・・・。 こいつは何がこんなに嬉しくて何がこんなに不満なんだ。これから行く場所にもよるが・・・ 正直ハルヒの様子を見てるともっと楽しいのかと思ったので意外だ。 もしかしたら俺が車に乗るときに言った言葉が突き刺さったのか? いやまさかな。 数字だけじゃ何も分からない。むしろ数字が分かるからこそ分からなくなる。なんという矛盾。 ハルヒを分かろうとすればするほど泥沼にはまっていく気がしてならない。 元々ハルヒを理解するなんて無理だって最初にあった日からわかっていたのにな。 こいつのおかげで高校生活における俺のテンプレートは皆無さ。 あえていうなら・・・ 「次の問題まだ?いつまでボーっとしてんのよ。」 俺は気づいたら自分の世界に浸っていたらしい。 信号待ちでこちらを見たハルヒはそれなりに心配してるような、呆れているような顔つきだ。 俺は慌ててページをパラパラとめくる。お前が即答できそうにも無い問題を探すのは結構苦労するんだよ。 そうやって車に乗って30分が経過した。ハルヒはまだ走り続けている。 俺は少し酔ってしまったので問題を出すのは一旦やめようと提案した。それよりもな・・・ 「おい、本当にどこにいくつもりなんだ。いつになったら着くんだ」 「もうちょっとなんだから辛抱しなさい。」 そう言いいながらも焦らずに運転するハルヒに苛立つ。 しかし苛立ちのなかにどこか心地よさを感じている気がして、俺は悶々とした気分になった。 ハルヒの運転が心地よかったせいもあるな。免許もとって無いのにどうしてお前は上手に車を操れるんだ。 ・・・ダメだ。今日も1日学校で疲れたせいだろう、リラックスした俺は寝てしまっていた。 オレンジ掛かった光と心地よい音楽に誘われて俺は目を覚ました。 ここはどこだ?日陰の駐車場か。それにしては周りに何も無いな・・。 時間を見たら学校を出発してから1時間半。これじゃ帰りは夜だな。 ハルヒは・・・と思って運転席を見ると椅子を倒して本をアイマスクにしているハルヒがいた。 この状況から察するに、着いたけど俺が起きないから音楽をかけてついでに本を読んでいるうちに眠くなって寝てしまった、か? いや待てそれはおかしい。・・・ってそういえば眼鏡かけてねぇ。寝るときは確かにかけていた筈なのに。 少し探した後、はっと気づいた。俺はハルヒの顔に乗っかっている本を奪い取った。 「やっぱりこいつは・・・」 ハルヒの顔には俺のメガネがまぁ見事にはまっていたというべきか。 ゆすって起こそうとしたが、俺は体が硬直する感じがした。ついでに唾を飲み込む音が聞こえた。 ・・・本当にこいつの寝顔はかわいいな。これだけは評価せねば。 本を取ったおかげで目を覚ましたハルヒは寝てしまったことを思い出すのに0,6秒の時間を費やしたのち、 「あんた授業中も寝てたくせに何で寝てんのよ!」 と叫んだ。おはようかそれに代わる挨拶なんて俺は期待してないからおkだ。 「俺の眼鏡を返せ。ハルヒ」 「あ、そうね。あんた眼鏡をかけたまま寝るんじゃないわよ。」 何でそれをお前に言われなくちゃならんのだ。 俺たちは車を降りて、ハルヒ先導による道案内で目的地に向かうことになった。歩くのかよ。 さりげなく確認したところ、当然ハルヒは眼鏡をかけても何も起こらなかったらしい。 ただ見やすかったのでそれをつけて本を読んでいるうちに寝てしまったと。なるほどね。 ちなみに車で50分くらいでここに着いたんだと。なにが車で30分だ。 ということは俺は着いてからも40分寝てたということになるな。 俺は最後までその疑問を口にすることはなかった。わざわざ聞くほど大した疑問じゃないからな。 何故40分も待っていてくれたのか、なんてね。 ハルヒも寝ていたのだから考えるだけ無駄だろう。 ちょっと歩いたらここがどこなのかはすぐに分かった。 いやすでに風の匂いでわかっていた。ここは海だ。 俺の手をひっぱるハルヒは散歩中に言うことを聞かない犬のようだった。 片手でなんとか俺は眼鏡をかけてハルヒの後姿を捉えた。 54 88 なんというか、俺はほっとした。 理由はどうであれ、ハルヒが本当に楽しそうにしている様子は俺にとっても救いだからな。 「ハルヒ。急ぎすぎだろ。もっとゆっくり歩け」 「あーもう、しょうがないわね」 海辺の茂みを俺たちは歩いていった。 太陽はもう水平線に届こうとしている ハルヒはどんどん先へ進み、道は岩場独自のゴツゴツとしたものへと代わる。 もうどれくらい歩いたんだろう。 無言で進んでいくうちに数メートル先を歩くハルヒが立ち止まった。 「ここよ」 ここって言われてもな・・・。 そこから見える風景はなんともいい難いものだった。 岩場と岩場の間にちょっと広い砂浜がある。僻地であまり人が来ないせいか聊か綺麗に見える。 「どう?なかなかでしょ。教習中に走った道があの道路でね、通った時にここがちょこっと見えたからもしやと思ったけど、 やっぱりあたしの勘はあたしを裏切らないわね。」 「俺はお前の勘によく裏切られているんだが」 俺の適切なツッコミをやはり無視してハルヒは手を広げた。 「ここ、素敵でしょ!」 そんな楽しそうに言ってくれるなよな。どんなに疲れてても首が縦に動いちまう。 34 82 「ここね、今度SOS団で来ようと思ってるの」 「どうやって来るんだ。お前の車は軽だろ」 「普通に詰めれば5人ぐらい乗れるわよ。ほんとにあんたは硬いわね。」 俺は常識に則った発言を心がけているはずなんだが。 ちょっと座りやすい場所を見つけてハルヒは腰を下ろした。 倣うように俺も隣に座り込む。丁度空がオレンジ掛かってきたようだ。 「・・・でね、夕焼けがこんな風に綺麗に見えるようになるまで皆で遊ぶのよ。 もちろん不思議探索も兼ねるわよ。ここの近隣は自然なままだからまだ人に知られざる謎が・・」 ハルヒのトークは止まらない。こいつとしゃべってるとネタが尽きない。これは一種の才能じゃないか? 俺の突っ込みだって負けちゃ居ないけどな。 実はもしハルヒがこんなことを言い出したらこう言ってやろう、みたいな予習はしているからな。教科書が無い予習なのに結構楽しい。 「ほら見て、キョン。水平線に夕日が映ってなかなか綺麗じゃない。」 そんなもん言われんでもわかっている。俺だってこんな光景滅多に見れんのだよ。 夕日が沈む様をしばらく無言で眺める。 ちょっと涼しくなったところでふと風が俺たちを強く吹きつけた。 ハルヒはスカートを押さえていたつもりのようだが残念だったね。白だ。 俺が鉄壁の表情を取り繕ってるのに安心したのか知らないが、ふっと息を吐く音が聞こえた。 「さっすがは海よね。この空気が違うわよね。」 ハルヒが独り言のように絶賛している。俺は・・・しょうがないので答えてやるとする。 「ハルヒ。空気を一番大事に使う時はどんな時かわかるか。」 「はぁ?」 「それは空気を吸う時じゃなくて読むときなんだぜ。」 「なにそれ。意味わかんない。あたしはいつだって空気読めてるわよ。」 空気の読めない奴に自覚なんてないのさ。多分だがな。それにしても・・・ 「そもそもどうして今日ここに来たんだ。」 気になっていた質問をぶつけてみた。 ちょっとは心境揺らぐかなと思ったがそうでもなかったのはちょっと残念だ。 「だから今度ここにSOS団で来るって言ったでしょ。その下見に決まってんじゃない。」 眼鏡をちらりと確認。いかん、イライラ値が増えている。 「お前が選んだにしてはいい場所なんじゃないのかここは。」 ハルヒを見る。映し出された数値の変化は俺の思い通りにはいかなかった。 何故? さらに目を細めたその瞬間に俺はハルヒに眼鏡をとられた。 「おい・・!」 「あんたに眼鏡は似合わないわよ。」 ハルヒはなんとも言いがたい表情になっていた。 「勢いにしても酷い言いようだな。」 「あんたが眼鏡をかける時は最低でも勉強する時だけでいいのよ。 こんな綺麗な景色は裸眼で見なきゃダメよ。」 俺にはわかる。これは口実だろう。 なんとなくだが、やっぱり俺の考えていることはハルヒに筒抜けなんだろうと俺は感じた。 「あんた最近、あたしのこと品定めするような目つきで見てない?」 ハルヒは前を見ている、と思う。俺も前を見ていてハルヒの顔がよく見えないからな。 おまけに眼鏡も取られてハルヒの数値もわからないときた。 「丁度あんたが眼鏡を使い始めた時期からよ。なんか目つきがやらしいのよ。 こそこそチラ見してるのばれてないとでも思ったの?」 「思った。」 ハルヒが今どれくらいの数値なのかが気になったが、わかっても無駄なんだろうと俺は思った。 結局俺にあれを上手く使いこなすのは無理なのだろう。 ハルヒのご機嫌メーターは最初を除いて一度だって俺の思い通りにはいかなかったのだからな。 すまんな長門。 ハルヒは顔を伏せて「ほんとに・・バカ・・・」とか呟いている。 俺は困るばかりである。 バカというのはいつもの聞きなれた罵倒だからいいとして、なぜハルヒは黙り込む必要があるのだろうか。 こいつらしくもない。疲れているわけでもなさそうだ。 眼鏡のことで気を悪くしたから?それもそうだがその前から閉鎖空間が出たといらない報告も受けている。最近はどうなのだろうか。 いやまずこの空気をどうにかしないと。空気は読むもんだぜとさっき俺自身で言っただろうに。 でもなんて言えばいいんだ。気まずい空気を一瞬で浄化できる魔法の言葉・・・ 俺に思いつくはずがない。だいたいそんな言葉は存在しない。そういうことにしておこう。 結局どうすることもできず溜息をつこうと思ったのだが、先に隣から溜息が聞こえた。 ハルヒがいつのまにか顔をあげてこっちを見ていた。ちょっと睨みが効いている。 「何考えてんのよ」 第3者から見れば挑発しているような言動のハルヒ。 しかし俺にとってはこの睨みは良い心のスパイスだったりする。 「別に、なーんも。」 いつぞと同じ返し方をしてしまった。多分ハルヒは怒るだろう。 お前のこと考えてた、なんて本当のことを言うわけにもいかないけどな。 「あっそう。あんたの相手するのも疲れたし、もう帰るわよ。」 そう言って俺の手を掴んで立ち上がるハルヒ。 怒ったというよりは呆れたような表情をしている気がして、俺は少し・・・ほんの少し動揺した。 だから俺はハルヒの手を逆に掴んで、もう一度座るように促した。 「せっかくだから太陽が完全に沈むまでいたらどうだ。」 って言ってももうほとんど沈んでいるんだがな。 それでもハルヒは 「しょうがないわね。」 と言ってまた腰を下ろした。手を掴んだままで。 いやこれは俺が掴んでいるのか?もうこの際どうでもいいか。 夕日が沈んだ後も、俺たちはしばらく手を繋いだまま海を見ていた。 軽く会話を交わしながら見た海は何故かは知らんがしばらく忘れそうにもない。 俺達が帰りの車に乗った頃にはもうすっかり暗くなっていた。 どうやらハルヒは俺の家まで送ってくれるようで、なんかムズ痒い気分だ。 「お前さ、最近いろいろと不安になってないか。」 隣で丁寧に運転するハルヒにそれとなく聞いてみる。聞くんなら今日だ、と心のどこかで俺が言ったからな。 「いきなり何よ。あたしが不安になるわけないでしょ。」 そう言うだろうと思ったさ。閉鎖空間を量産しておきながらよく真顔で言えるもんだ。 さっきだって憂鬱モードに入っていたくせに、もしかしたらこういうことを言われた時に返す言葉を用意しているのか。お前は。 俺みたいに。 「進路の事か?SOS団の事か?それとも今日の晩飯か?」 ひょっとしたら俺のことか?なんて心の中で呟いてみる。それはないよな。 そこで信号が都合よく赤になり、ハルヒは車を停止して俺を見て大きく溜息をついた。 「・・・そうね。ここら辺の通りにも結構レストランがあるみたいだし、今度来る時は晩御飯つきがいいわね。 その方が楽しいしね。来週までにここらでいいとこ調べておきなさいよ。キョン。」 「何で俺が」 「わかった?」 ハルヒはこちらを睨んでいる。きっとこの信号はハルヒの思い通りなんだろう。だから、 「・・へいへい、わかりましたよ。」 と俺が返事したとたんに青になるんだよな。 ほら、やっぱり。 ハルヒが俺の話をうまくかわしたとに気づいた時は俺の家が見えていた頃だった。 なんだかこのまま帰ってはいけない気がしてならない。 車がゆるやかに停止する。何故俺はこんなに不安になってるんだ。 「着いたわよ。運賃は取らないでおいてあげるから感謝しなさい。」 「何で無免許運転の共犯にさせられた俺が感謝しなきゃいけないんだ。」 「ごちゃごちゃ言わないの。じゃあね、明日遅刻しないでよ。」 そう言ってハルヒは手を振った。しかし車を降りようとドアに手を掛けたところでもう一声がかけられた。 「それと、あんたも早く免許とりなさいよ。」 暗くてハルヒの表情がよくわからない。 それでも、俺はこの一言にかなりの意味が込められているのではないかと思った。 いや、そうに違いない・・・ こちらをちらちらと見ているハルヒに俺は語りかけた。 「ああ、必ずとるから、それまで待っててくれないか。」 今日も借りができちまったからな。 「何それ。あと何年待てばいいのよ。」 お前はそんな笑い方もできるのかよ。こんな時に限ってそれは反則だ。 「さぁな、近いうち・・・かな。」 そういえば俺は何の話をしていたんだっけ 「ちゃんと保障してくれなきゃダメよ。」 そして俺は何をしようとしている。止まらないんだが。 ドアを開けようとしていた筈の手はハルヒの手に添えられ、俺は顔を近づけて・・・。ってマジか。 男のエスだがイドだかってのはこういう時に働くものなのかね。 これじゃまるで安いドラマの1シーンみたいじゃないか。 手の甲に接吻なんて柄じゃない筈なのにな。 ・・・ハルヒは黙ってしまった。 今頃湧いてきた羞恥心を必死に押さえつける。 保障印としては上出来だろう?なんて言葉が喉まで上がってきてはそのまま落下していった。 車のエンジン音が唸り続ける中で、やっとハルヒの声が耳に届いた。 「・・・待ってあげるから。」 俺はハルヒと恋人関係にない。間違ってもそうなるはずがない。 そうなる必要がないからだ。俺はそう思っていたし、ハルヒもそうだと思い込んでいた。 互いに分かり合いすぎた。時間を共有し過ぎた。 鈍感だと言われるたびに心の中で”鈍感なフリをしているだけだ”と不満を言っていた。 ハルヒの気持ちも、俺が惹かれていく先もわかっていたからだ。 でもここへきて、進路を考える時期になってハルヒが不安になっていた事に俺は気が付かなかった。 あいつが俺にわからないように隠していたとしても、気が付かなかった時点で結局俺は鈍感なのだ。 「免許、明日までに取るから。」 「勝手にしなさい。」 何かが割れる音が響いた。 そのときの俺は全く気が付かなかったらしい。 俺はハルヒが帰った後も、格好いい口説き文句をずっと考えていた。 あれから数日経った。 文芸部室ことSOS団の部室。 俺はしばらく考えた結果長門に眼鏡を返すことにした。 普通に眼鏡として使っても良かったのだがどうも気が進まない。 あの日家に帰った後机の引き出しに入れたままのご機嫌測定値だったが、今日になってやっと処分を決めたというわけだ。 ところが一つ問題が発生してしまった。 今日の朝になるまで気が付かなかったのかが悔やまれる。 「長門、眼鏡貸してくれてありがとうな。結局俺には使いこなせなかったよ。」 「そう」 「というより、必要なかったんだ。それに気づいただけでも十分だった。」 「・・・」 「で、眼鏡なんだが・・・その・・・壊れちまった。すまん。」 朝、ケースの違和感に気づいて開けてみたら見事に割れていた。 記憶を手繰り寄せて考えてみればすぐ分かるが、割れたのはあの時しかない。 「別にいい」 長門はそう言って俺から眼鏡を受け取った。俺は思わずまた謝ろうと頭を下げたが長門は 「大丈夫」 と言って例の高速呪文を唱えた。 薄々分かっていたが壊れた眼鏡を直すことなんて長門にとっては朝飯前なんだろうな。 「もう一度 使う?」 そう言って眼鏡を差し出してくる長門。 俺は断ろうかと思ったのだが長門の表情を見て踏みとどまった。 冗談をいう時の表情とはまた違う。俺が断るのをわかっていて聞いてる ・・って取っても大丈夫なんじゃないかと思わせる些細な視線。なにかを理解しているのは間違いなさそうだ。 なのでここはあえて乗ってみることにしよう。 「そうだな。もう一度だけ使わせてもらおうかな。」 長門は「そう」と言っただけだった。 俺はとりあえずかけてみようと思い、スイッチを入れて顔の高さまで持ってきたところで ばーん と勢い良く部室の扉が開いた。団長様がおいでなすったようだ。 途中で見つけたんだろうか、朝比奈さんも連れている。 いつものようにハルヒは団長席に座り朝比奈さんにお茶をせがむ。 俺はそのまま外に出ようとしたところでハルヒに呼び止められた。 「その眼鏡は何?」 「前のは度が合わなかったんでな。長門に頼んで新しいのを譲ってもらった。」 「ふーん、そう。」 本音を言えば数値が気になるから眼鏡をかけたい・・・が、やっぱりここは引くべきだろう。 「俺に眼鏡はお気に召さないんだっけ?」 「別にもういいわよ・・・」 やっぱりお気に召さなかったらしい。 いかんな。また古泉に苦労をさせてしまいそうだ。 いや、古泉がどうとかは関係ないんだ。 俺自身が・・・ 「ちょ・・っと・・・・。・・っ・・・ 何すんのよバカッ!」 椅子が派手な音をたてて俺は床に転げてしまった。 なんだよ。ちょっとキスしてやろうと思っただけなのに。 「そういう問題じゃないのよ!煩悩!ヘンタイ!」 なんか知らんがここ数日そういう衝動が襲ってくるのだよ。すまんね・・・ ああ、いかん。結構怒ってるな・・・ 俺はどさくさに紛れて眼鏡をかけることにした。 ところが・・・ 「おい・・・眼鏡、また壊れてるぞ。」 眼鏡は綺麗にヒビが入っていた。机の上にあったので俺が倒れこんだ時のものではない。 ちょっと考えれば理由はすぐに察せるな。長門もこうなるのがわかってたんだろう。 まったく、ハルヒは幸せもんだぜ。 そんな奴の想い人になっちまった俺もな。 「あんたに主導権を渡すのはまだ早いんだから!」 ああ、そりゃまだ仮免ということか。 こうして結局俺は免許をとりきっていない。 それが生涯続いたとしても俺はこんなに心地よい気分なのだろうか。 ---end---
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5695.html
火曜日、朝。 ただの夢なのかそれとも悪夢なのか、そもそもこれは夜に見ているものなのだろうか、もしかしたら白昼夢のただ中にいるのではという感じの夢を見たあげく、妹の容赦ない目覚まし攻撃で俺はどうやらあれは夢であり、こっちが現実らしいという自覚を得た。内容は気持ちのよろしくない夢を見たという輪郭程度しか残っていないが、こちらで目覚めても俺はまだ夢の中にいるような気分だった。 朝食を喰って鞄をひっさげ家を出て、北高に続く地獄坂を登る俺の足取りは、ここ一年で最悪級の重さだった。どうせなら今日一日くらい仮病を使いたかったのだが、考えてみれば仮病は先週の金曜日に強行したばかりであるのでそうも言っていられず、俺はせめて不快感と疲労感を顔の全面に押し出して山登り集団に混ざった。 さて、学校に到着して最初に向かったところと言えば部室棟に他ならない。どうせ受け入れなければならん事実は早々に知っちまったほうがいいのだ。たぶんこう考えていられるうちは、俺は大丈夫だろうよ。 古泉のボードゲームがなくなっていたりした場合、俺はどういう反応を取るだろうかという何の役にも立たない想像をしながら、順当に部室に辿り着いた。こういうときばかり谷口や国木田とも会わない。仕方がないので俺はしばし呼吸をととのえ、注射器を目の前にした子供のように目を閉じて扉を開いた。 「あれっ?」 とまあ、のっけにそんな言葉が出たのも無理はないと思って欲しい。あとは絶句である。 いや、そう言うと語弊があるかもしれない。ただ言葉がでなかったのだ。隅々まで目をやっても、俺は三点リーダ状態から抜け出すことができなかった。 何が起こったのか。俺の頭はようやく稼働し始めた。 まず、俺は時間遡行でもしちまったんじゃないかと疑った。しかしそれはホワイトボードに書かれている文字によって否定できる。「明日合宿用品買い出し、費用各自持参」とハルヒの字で書いてある。昨日、俺とハルヒと古泉の三人の部室でハルヒが宣言した通りだ。つまり今日は昨日の明日であって、時間遡行ではないらしい。 次に俺は世界が変わっちまった可能性を考えた。しかしそれもどうかと思う。世界改変をやってのけるようなヤツは今、周防九曜ぐらいしか存在しないのだ。ただしあいつがそんな芸当をできるという保証はないし、それも今日のこのタイミングで今さら、とも思う。 最後の可能性として、俺はすべてが終焉を迎えてしまったということを考えた。俺の代わりに誰かが事件を解決してくれたとか、あるいは犯人――周防九曜が侵攻を中止したとか。 だってなあ。そうじゃなけりゃ、説明がつかんだろ。 部室には、長門の本、朝比奈さんのハンガーラック及びコスプレ、古泉のボードゲーム各種がすべてあったのだ。 何だそりゃ、と思ったね。気抜けしたと言えばその通りである。古泉のボードゲームが消えていたらどうしようなどと悲観的なことばかり考えていたから、さすがに元通りになっているというのは考えも及ばなかった。いまだに俺の頭の中と外にはハテナマークが飛び回っているが、力の篭もっていた肩からは力がどんどん抜けていった。 改めて部室を見回す。インスタントコーヒーのパックは茶葉の缶に戻っているし、立方体のようなハードカバーは十年も前からそこにあったかのように整然と本棚に並んでいる。古泉の持ち込んだボードゲームは昨日と同じ場所にあるし、中央の机には団長の三角錐がある。鶴屋山原産の七夕の笹には叶うかどうかも解らない五つの願いがぶら下がっている。まるで元通りである。俺は何か悪い夢でも見ていたのだろうかと疑いたくもなってくるね。もしかすると、先週の金曜日から催眠術か暗示にかけられて幻覚を見ていただけだったのかもしれん。思い出せばそんなもんだ。俺の中学校三年間並にあっけなく、そのあっけなさを疑いそうである。 「しかし、ほんとに元通りだよな……」 だが、疑うべきところは一つもないのだ。デスクトップパソコンはしっかり鎮座していて何代も前のものではないし、ここに人員が集まればそれで間違いないと思えるくらいに不自然な点はない。しかし俺の内部に魚の小骨が喉にひっかかって取れないようなわだかまりみたいなのが残っているのは、これがあまりにも唐突すぎたからなのだろうか。 なぜか元に戻った部室。俺が相応のことをしていれば納得もするだろうが、俺は本当に特に何もしていないのだ。それなのに、何故? 昨日の夜から今朝にかけて「何か」があったことは確かなのだが……。 まあいい。どうせ長門や古泉はいるんだろうから、昼休みか放課後にでもゆっくり話を聞かせてもらおう。 俺はどうも釈然としない気持ちのまま、気分を浮つかせることもできずに部室を後にした。 * いかんな。 冷静に考えなければならないだろう。長門の本があったり急須があったりボードゲームがあるだけでは本人が戻っているという確たる証拠にはならない。ここで全員元通りだと思いこんではアウトである。都合がよすぎることの裏には高確率で怪しいことがあるし、視覚情報による思いこみは最初っから疑ってかからなければならん。探偵が推理を行うときの基本事項である。 部室のあらゆるアイテムが元に戻ったように見えた。少なくとも俺の記憶、俺の目を信じるとするならば。 しかし俺は探偵などではない。古泉ほど思慮深い頭を持っているわけでもないから、せいぜい俺は探偵のパシリ止まりさ。考えすぎるのは性に合わん。行動に移すほうが案外、何倍も楽なのだ。 そしてその行動の予定なら立っている。別段難しいことではない。長門や古泉のクラスに行ってみればいいのだ。そこに奴らがいたら何が起こったんだと問いつめればいいし、いなかったらいなかったで対抗策を打つ必要がある。 俺はそんなことを一限二限を聞き流しながら考えていた。次の休み時間になったら行けるかと思っていたが、その計画はあえなく破錠した。 後ろのハルヒが俺を離さなかったからである。 「キョン、夏合宿に必要なものって、何だと思う?」 こいつの目の輝きは夏が近づくにつれて増していくようだった。考えていることはどっかの田舎の小学生とたいして変わらん。 「さあな。合宿を楽しむ心の余裕なんじゃないかな」 俺の適当な解答にハルヒはしかめっ面をして、 「そんな抽象的なことを言ってるんじゃないの。もっと現実的で具体的なことよ。バーベキュー用の木炭とか紙コップとか紙皿とかね。いいキョン? 心意気なんてのは後からついてくるものなのよ。合宿を楽しもうとしても肝心の合宿地がなければ合宿は楽しめないでしょ?」 そうかい。俺なら部室で合宿でもいっこうに構わんぜ。それに木炭ならガスコンロで代用可能だし、紙コップや紙皿だって向こうにはもっと豪華なグラスや食器類がいくらでもあるだろ。 「そんなんじゃ雰囲気が出ないでしょ。考えてみなさいよ、屋外のバーベキューで陶器の皿使って食事するヤツがどこにいるのよ。こういうのは雰囲気と心持ちが大切なんだから」 「さっきはそういうのは後からついてくるものなんだとか言ってなかったか?」 「いいのっ。とにかく今日はどっか大型のホームセンターとかに行かないとダメよ。木炭を買わないといけないし、紙コップも部室にあるやつだけじゃ足りないしね。行ってみたら他に欲しいものも見つかるわよ」 そういうのを無駄遣いと言うのだ。 「キョン、あんた他に夏合宿でやるのに必要なものとか思いつかない?」 「あー、UFO召喚の儀式」 と言ってから我に返った。ついワケの解らんことが口をついて出た。何を言ってるんだ、俺は。 「うーん。それもやってもいいけどさ。キョンに団員としての自覚が芽生えてきたのはいいことだけど、あいにくスケジュールが埋まっちゃってるのよ」 「構わねえよ」 投げやりに言って俺は前を向いてほおづえをついた。窓ガラスに映る俺は不機嫌なツラをしていた。 何を俺は今さら団員の自覚なんぞを獲得しているのだ。まったくもってどうでもいい。 ハルヒが俺の提案を却下したことが、俺の胸の奥に魚の小骨のようにチクチクと突き刺さっていた。なぜハルヒはそんなにもあっさりと非日常を捨てやがるんだ。 俺にはできない。 古泉に諭されて、ハルヒと話して、佐々木と語って、俺もようやく認める気になった。どうしようもない、自然の摂理みたいな不条理さによる葛藤の渦が俺の中にできあがっちまっていたのだ。俺の心理は今や非日常の基盤の上に成っている。中学生の頃とは違う。そして、それの崩壊は論理基盤の崩壊、ゲシュタルト崩壊と同意なのだ。しかもマジで壊れようとしている……。 俺は、憂鬱だった。 * 昼休みになった。 昼休みになったので俺はようやく動く気力を得た。というか、動かねばならなくなった。堂々巡りの俺の思考を断ち切るために俺は勢いよく立ち上がった。 「あ、おいキョン。俺昼飯は学食にしようと思ってるんだけどよ」 「そりゃいい。国木田も連れていってやれ。俺は部室で喰う」 谷口を一秒で処理すると鞄の中から弁当を取り出して教室を飛び出した。 長門がいるのだとしたら昼休みは部室にいるに違いない。もし教室にいたとしても俺が望めばそうしてくれるのが長門流なのだ。さんざん世話になった。 階段は一段とばしである。鬱屈して暗くなった頭を振り回して、廊下も駆け抜けた。 文芸部というプラカードがぶら下がっている部室の前で俺は立ち止まり、一応のことノックして、中から「どうぞ」と男の声がしたのを確認してから俺はドアを開いた。足を踏み入れるとともに、妙にどろっとした空気に包まれた気がした。 「どうしました」 そこには――、 「どうしたの、キョンくん」 古泉が、そして朝比奈さんがいた。 まるで俺が来るのを待っていたかのように。 * 「朝比奈さん……」 俺の口から声が洩れた。 パイプ椅子に座ってこちらを見ているそのお方は朝比奈さんで間違いなかった。栗色の髪の毛に可愛らしい顔、他の何者に真似できるものではない。視線をずらせばハンガーラックやコスプレ一式も朝に見たままの状態でちゃんとある。本当に戻ってきたのか。 「長門は」 窓辺にある長門の特等席に目をやる。しかし、そこに長門の姿を発見することはできなかった。本棚には長門本があり、七夕の短冊も長門の分が復活しているというのに。肝心の長門はどこにいったんだ。 俺が次に発する言葉をどうするか迷っていると、 「長門さんならいましたよ。廊下を歩いているのを見ましたから。珍しく部室には来てませんけど」 古泉が平淡な口調で言った。 「本当か!」 「本当です。どうしたんですか、そんなに驚くべきことでもないでしょう」 バカな。これが驚かずにいられるか。お前も金曜日から長門がいなくなってるらしいのは知ってるだろ。土曜日曜月曜とさんざん考え倒したあげくに、今日になったら突然長門が復活してるんだ。これは驚かないほうがおかしい。とすると、お前の頭はおかしいんじゃないのか、古泉。 「何を言ってるんでしょうかね。長門さんなら金曜日から今日までずっといますよ。おかしいのはあなたの頭のほうじゃないんですか?」 「なっ」 古泉にバカにされるのは稀以上に珍しいことだが、そんなことはどうでもいい。仕返しなら後日いくらでもしてやる。 「まさか、朝比奈さんもそうなんですか? 朝比奈さん、昨日も部室にいましたか?」 「いたけど、それがなあに?」 「古泉」 俺は嫌な予感を押し殺して再度古泉に問う。 「お前は昨日、この部室で何をやってた。パソコンをいじったりしてないか?」 「さて。昨日はあなたとオセロをしていましたけどね。ついでに、僕が全勝しましたよ」 最後の情報はどうでもいい。 「部室でオセロしてたってのは本当か?」 古泉は薄気味悪い笑いを浮かべて、 「はい」 俺は後ずさりして、今さっき入ってきたばかりの扉にもたれかかった。 何てこった。 刃物を手にした殺人犯に追いつめられた、悲劇の主人公のような心境である。全身の力が抜けて、そのまま床に尻餅をついた。古泉と朝比奈さんは俺の存在を無視するかのようにこちらには目もくれない。 違ったのだ。決定的な食い違いがあった。そうそう都合のいいことなんてありゃしない。皮肉にも、すべてが元に戻ったみたいな錯覚を受ける物品だけを設置しやがったのだ。そしてそれはやはり錯覚に過ぎず、砂上の楼閣のようにあっさりと崩れ落ちた。絶対に必要なものは、この部室には一つもない。戻ったかと思ったら古泉も朝比奈さんも、昨日や一昨日の記憶を持ってやがらない。 「まだだ」 しかし、古泉や朝比奈さんの記憶が正しくなかったとしても俺にはまだできることがある。後悔している暇などない。俺は床に手をついて立ち上がると、団長机にあるデスクトップパソコンに向かった。SOS団サイトに誰かのメッセージが残っていてくれればそれだけで心強い。古泉や朝比奈さんに証拠としてそれを示すこともできる。 パソコンが起動するまでのわずかな時間に、俺は二人に訊いた。 「古泉、お前は何者だ。ただの人間じゃないだろ。『機関』という言葉に聞き覚えはないか?」 俺の質問に古泉はまったく動じず、将棋の駒を二、三手動かしてから振り返った。 「さあ、何を言ってるんでしょうかね。僕はただの人間です。機関という言葉なら知っていますが、それがどんな意味を持つのかは知りません」 そう言った。俺は舌打ちして制服姿でパイプ椅子に腰掛けている上級生に向き直り、 「朝比奈さん、あなたは何者ですか。未来人ですか?」 朝比奈さんも全然動揺する様子を見せなかった。編み物の手を止めないまま、 「未来? 何のことでしょう。あたしはあたしですよ?」 「TPDDは? 時間平面とか禁則事項とか知らないんですか?」 「知りませんけど」 「STC理論はどうだ。全部あなたが教えてくれたことなんですよ」 「……キョンくん、どうしたの?」 朝比奈さんにまで頭を疑われた。ハルヒが消えたときに味わった恐怖が、全身を撫でるように走り抜けていく。 これは何だ。世界改変か? 俺を残して世界が変わったなんてのは金輪際ごめんだぜ。ハルヒも長門も朝比奈さんも古泉も、味方がいなくなって一人になったときどんなに大変かを、俺は知っている。 「おい古泉、長門は何者だ。あいつは宇宙人じゃないのか? 俺を朝倉から守ってくれたり、幽霊モドキを退治したりしてくれただろ。違うか?」 しかし古泉は面倒くさそうに首を横に振った。 「何を言っているのか解りませんね」 「じゃあ説明してやる。お前や長門がどんな人間だったのかを、すべてだ。古泉、お前はこういう話が好きなんだろ? ファンタジックで興味深い話だと思うぜ。どうだ、聞く気はないか?」 いくら記憶がないと言っても古泉のことだ、てっきり乗ってくるものと思ったが、 「けっこうです。そういうことなら勝手に一人語りでもしててください。僕は将棋をしていますので」 何ということだ。俺は驚いた。性格まで変わってるのか。古泉は微笑オフの状態で、ほおづえをついてつまらなさそうに将棋盤と対峙している。 やっぱりこいつは古泉ではない。昨日、ここで俺と一緒にいた正常な古泉は、消えちまったのだ。 おそらく、周防九曜によって。 消されちまったのか? いや、じゃあ目の前のこいつらは……。 パソコンが立ち上がった。 目的のページはすぐに見つかった。マウスをロゴマークに重ねると、やはりどこかのページにリンクされていた。クリックしてパスワードに『涼宮ハルヒ』と入力し、そこに昨日のままの文章があることを確認する。ひょっとしたらメッセージが変わってやしないか、と思ったがダメだったか。 俺は古泉と朝比奈さんをパソコンの前に呼んで、 「古泉、それに朝比奈さん、この文章に見覚えはありませんか? あるいは、長門がこんなページを作っていたのを見たとか」 「さあ、僕は知りませんね」 「あたしもです」 それだけを業務連絡でもしているかのような淡々とした口調で答えて、俺が他に何か聞くことはないかと考えているうちに二人ともパソコンの前から去ってしまった。 おかしい。二人ともまるで性格が変わっちまってる。感情が薄くなってるというか冷たいというか。確かにこいつらは本当の朝比奈さんや古泉ではない。性格が違うのは当然だ。こいつらは朝比奈さんや古泉ではないのだから……。 そこまで考えて、俺は何か引っかかりを感じた。 待てよ。じゃあこいつらはいったい何なんだ。 世界改変か。別の世界の古泉や朝比奈さんか。 ありえん。こいつらは性格まで変わっちまってるのだ。世界改変で長門の性格が変わったのを一度だけ見たことがあるが、それはその必要があったからで、こいつらの性格を変えたところで何の利益も生まれん。性格を変える必要などない。 じゃあ、こいつらは何者なんだ。俺の目の前で一人将棋を、編み物をしているこの二人はいったい誰なんだ。 朝比奈さんではない朝比奈さん。古泉ではない古泉。 俺の記憶の奥底で何かが騒ぎ立てている。以前、俺はこんな経験をしたことがある。 そうだ。朝比奈さんではない朝比奈さんと、俺は会った。 年末の雪山の夢幻の館で、算式の解読のために長門が俺たちに見せた幻影。 あの朝比奈さんには、左胸のホクロがなかった――。 「朝比奈さん、左胸を見せてくれませんか?」 俺がとっさに言うのと同時に、背後で部室の扉が開く気配がした。長門かハルヒか、まあどちらでもいい。 朝比奈さんはふふんと妖しく笑うと、ためらいもなしにセーラー服を脱ぎだした。その横では、古泉が何事もないかのように将棋を指している。やはりこれは朝比奈さんではないし古泉でもないのだ。こんなことはありえん。 朝比奈さんがセーラー服を脱ぎ終わり、ブラジャーの状態で豊かな胸を俺に見せつけてくる。失神モノではあるが、今は失神している場合ではない。抱きつきたい欲望を抑えて、胸を凝視する。 その左胸にはホクロが――。 なかった。 俺は言葉を失い、顔を引きつらせて後ずさりした。朝比奈さんが、そして古泉がこちらを見て不気味に笑っている。 こんなところにいてはいかん。 本能だ。朝比奈さんの胸を間近でもう少し眺めていたいなどという願望はカケラもなかった。早く逃げ出したほうがいい。この二人にどんな魔法が使えるのか知らんが、一般人の俺が太刀打ちできるようには思えない。 振り返って扉に手をかけようとしたところで、何かにぶつかった。部室に入ってきたハルヒか長門にぶつかったのだろうと思ったが、違った。俺はそいつの顔を見て驚愕し、戦慄が体を駆け抜けたのを感じた。気持ち悪い汗が滲んだ。 「お前――」 絶対零度の雰囲気をまとっているそいつは、衝突した俺に目もくれずに無言でたたずんでいた。 光陽園学院であるはずの制服が、北高のセーラー服に変わっている。 「やあ、長門さん」 古泉がそいつに声をかけた。長門だと? こいつが? 俺の思考は混乱しながらも、ようやく一つの答えをはじき出した。 犯人がようやくはっきりしたのだ。 「そうか……。やっぱりてめえが……」 「――わたしは――――観測する。力を――――わたしが」 観測する、じゃねえ。しらばっくれんな。長門を、朝比奈さんを、古泉をどこにやったんだ。代わりとばかりにこんなバケモノみたいな朝比奈さんと古泉を作りやがって。そして自分は長門になったつもりか。いい加減にしろ。 俺が罵詈雑言を並べ立てるのも無視して、そいつはひたすら突っ立っている。モップみたいな髪の毛で、大理石のような双眸で。 周防九曜が、ここにいた。 俺は弾かれたように部室を飛び出した。後ろを振り返らずに走り出す。 俺のたいしてアテにならない直感が、あいつと一緒にいるのは危険だとしきりに叫んでいたからである。あの幽霊以下の存在感を誇る九曜の後ろで、偽朝比奈さんと偽古泉が俺を見て嘲笑うような表情をしていたのも正直怖かった。相手は地球上の礼儀と一般常識が一切通用しない連中だ。あの朝比奈さんと古泉が何者なのかはっきりとは解らないが、九曜の手下的存在であることは間違いない。だとしたら、雪山で長門が見せた幻の朝比奈さんよりも遥かにタチが悪いだろう。 部室はひたすら遠ざかる。俺が人並みの速度で逃走したところで九曜が相手では逃げようもなさそうだが、俺の目がとらえる限りでは部室の扉が開いて中から誰かが出てくるようなことはなかった。 一安心か。 「おわっ」 後ろを振り返りつつ走っていたら、前方不注意でまた人にぶつかった。悪いな、と手を合わせて立ち去ろうとしたが、俺はその顔を見て立ち止まらざるを得なかった。 九曜が先回りしていたのでも、ハルヒが俺の腕をつかんでいたのでもない。まったく予想外な人物だった。北高のセーラー服をまとった女子。俺は牽制すべきかと一瞬思って距離を取ろうとしたが、今さら牽制してどうにかなるものではないと思い直して足を引っ込めた。 なぜお前が北高のセーラー服を着てるんだなど訊くべきことは山ほどあったが、意外なことに俺の口をついて出たのは疑問ではなかった。 「遅え」 絞り出すような声が出た。憎悪が破裂した水道管のごとく、止めどなく溢れ出した。 「遅えんだよっ!」 ドラマなんかでよくある、襟首を掴む力なんてのは俺には残っていなかった。そいつの肩に手を置いて俺は俯いた。その肩を突き放せば、そいつは窓ガラスに体当たりすることになったのだが、俺はしなかった。 ヤツは何も言わなかった。まるで俺に怒れと命令でもしているかのように、である。皮肉なもんで、俺は相手に言い訳する気がないのを知ると憎悪や怒りの類が醒めちまったのを感じた。 しばらくして俺は顔を上げた。 「橘京子。お前は何か知ってるんだろ。だからここに来たんだ」 その女――北高セーラー服仕様の橘京子はうっすらと微笑んだ。古泉のような超能力者と一緒にこいつまで消えてなかったのはなぜか。まあそんなもんはさしたる問題ではないが。 橘京子は廊下の壁にもたれかかったまま、 「ええ。空間座標と侵入コードをようやく解析できました。コードが複雑になっていたのでずいぶんと時間がかかってしまいましたけど。今日はあなたにそれを伝えるために来たんです」 だから、それってのは何のことだ。てめえは人をじらすのが趣味なのか。 「まさか」 橘京子は苦笑し、 「けど行けば解ると思うわ。そこにはあたしよりもずっと説明上手な人たちがいますからね。詳しい説明ならその人たちから聞いてください。あたしはそこまでの案内役です」 「馬鹿。遅えんだ。早く来やがれ」 橘京子は黙って頭を下げた。その頭頂をかかと落としで叩き割ってやりたかったが俺はやらなかった。とっとと案内して欲しかった。 橘京子が俺をどこかに案内するらしい。こいつが案内役になるというと、あそこしか思い浮かばないのは俺の頭が変なのか。そんなことはないだろう。超能力者、とりわけ橘京子の専門はあそこしかないのだから。 俺は充分に息を吸って、 「佐々木の閉鎖空間にでも連れていくつもりか?」 春の喫茶店で連れて行かれたクリーム色の空間を思い出す。ハルヒの閉鎖空間に比べれば平和的だったが、行こうと誘われて行きたい場所ではないね。 橘京子は胸のうちを読まれてしまったような表情をして、 「ええ。そんな感じの場所です。勘が鋭いんですね。ただし制作者は佐々木さんではなくて、別の人ですよ。だけど、なぜかあたしの持つ能力で入れるように作られていたの」 まさかハルヒと佐々木以外で意図的にあんな空間を作りたがる奴がいるとは思ってもみなかったが、今の焦点はそこではない。わざわざ橘京子が入れるようにしたのもとりあえず無視だ。 「それはどこにあるんだ。俺を連れてく気なんだろ? 前置きはいいから、とっとと案内してくれ」 「案内するまでもないんですけどね」 橘京子は俺が走ってきた廊下の向こうを指さし、 「その空間が発生しているのは部室です。もちろん、あなたがたSOS団の部室ね」 俺はハッとして息をのんだ。 『橘京子を連れてこの場所へ。わたしはここにいる……』 そういうことだったのか――。 部室に発生した異空間。橘京子が侵入できるのに佐々木が作った閉鎖空間ではなくて、創造主は別の人間らしい。そしてこの長門のメッセージ。わたしはここにいる。ここというのはピンポイントで部室のことなのだ。 間違いない。その空間には長門がいる。 「じゃあ行きましょうか。あなたもあちらの人も、早く会いたいでしょうからね」 「待てや」 橘京子が何でしょうと振り返る前に、俺はヤツの頭をはたいた。ヤツが驚きの色を隠せずにこちらを見ると、俺は言ってやった。 「お前が遅いせいで消されちまった二人と、それから俺の心配料をまとめて一発でいいにしてやる。ありがたく思うといいぜ」 とか言いながらも、俺は本当は顔を三発ぐらいぶん殴ってやりたかった。これでも、レディーに気を遣ってやったんだよ。 橘京子はまた黙って頭を下げると、俺が走ってきた廊下を引き返し始めた。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/19.html
ハルヒ「SOS団で野球大会に出ましょう!」 キョン「人数が足りないだろ知障。考えてから発言しろ」 ハルヒ「集めればいいじゃないの。そっちこそ頭使いなさいよ」 キョン「お前友達いないだろ? いや、話相手もいなかったか」 ハルヒ「……うるさいわねえ、じゃああんたが集めてきてよ」 キョン「お前の名前を出すと、クラスの十割方が逃げ出すって知ってるか?」 ハルヒ「知らないわよ。何よさっきから、機嫌でも悪いの?」 キョン「ああ、お前と一緒にいるからな。自覚がないって本当怖えよ」 朝比奈「あの、お茶入りましたけど」 キョン「お、ありがと朝比奈さん。聞いてくださいよ、ハルヒが――」 キョン「…掃除めんどくせ。 ハルヒ後頼む。」 ハルヒ「ぇ?嫌よ!! 当番何だからきちんとしていきなさいよ!」 キョン「は? 嫌われ者の癖になに言ってんの?こんな事でしか役にたたねぇんだからやれよ。」 ハルヒ「…何よそれ…」 キョン「うっぜ。泣けば全てが済むと思ってんの?まじ泣き顔もきもいんだけど。」 古泉「あ、キョン君なにしてるんですか?」 ハルヒ「あ…」 キョン「掃除めんどくせからハルヒにやって貰おうと思ってたんだけど何かいきなり泣き出してさぁ。」 古泉「それはお気の毒。ハルヒさんの泣き顔なんて見れた物じゃないですからねぇ(笑」 キョン「まぁいいや。 早く帰ろうぜ。」 古泉「クスッ…そうですね。」 ―――――――――― ハルヒ「…今日もまた独り…か……」 キョン「ハルヒ、突然だがアイドルにならないか?」 ハルヒ「!!なるなる!願ってもないことだわ!」 キョン「でもな、アイドルになるためにはお金がかかるわけよ。」 ハルヒ「それくらい払うわよ、いくら?」 キョン「ざっと五千万くらいだ。払えるか?」 ハルヒ「高いけど・・・アイドルになれば安いはした金よ!」 キョン「じゃココに振り込んでくれ、連絡先はこれだから(ピラッ)」 ハルヒ「私がアイドル・・・あはははは!」 数日後・・・ ハルヒ「おかしいわね・・・振り込んで数日経つのに連絡が無いわね・・・電話してみよっと」 「トゥルルルルルル・・・トゥルルルルルル・・・ガチャ。」 ハルヒ「あっ、あのーすいませんハルヒというものでs」 「おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確認の上おかけ直し下さい。 おかけになった電話番号は・・・。」 ーカラオケー キョン「次誰入れた~?」 ハルヒ「あ!私私!」 古泉「トイレに行ってきます。」 みくる「私ちょっとゲームセンター行ってきます。」 キョン「あ!俺も行くわ。」 みくる「ならプリクラ撮ろう!」 キョン「ん、いいぜ。」 バタン。。 ハルヒ「……」 チャラチャラ♪ チャラチャラ♪ ハルヒ「…ひかる…かぜ(ry」 ハルヒ「………」 一人シン・・・としたSOS団の(元)部室に立ち尽くすハルヒ。 ハルヒ「・・・ちょっと・・・冗談でしょ・・・?みんな・・・。私を一人にしないで・・・・」 ハルヒ「キョン~っっ!!まったまたSOS団で野球するわよ!人集めといてね!!」 ハルヒ「みっくるちゃーっん!今日もメイド服可愛いわねぇ~~っ。あ、そうだ!今日は違うの着よっかっ!」 ハルヒ「古泉くーん!アンタ女子に人気なんだから私が気に入りそうな面白い子連れてきてよ!!」 ハルヒ「長門っちー!!今日は何の本・・・」 その場に崩れ落ちるハルヒ。プツン・・・と糸が切れたのか、ハルヒは声を張り上げ、大粒の涙を流していた。 ハルヒ「なんで・・・なんで・・・みんな・・・・。うっ・・えぐっ・・・ひぐ・・・」 ハルヒ「私・・・嫌なとこ全部直すから・・・お願い・・・嫌なとこ全部直すから・・・みんな・・・私を無視しないで・・・。キョン・・・・」 と、その時・・・ 長門「・・・そう」 ハルヒ「?!ユキ・・・いたの・・・」 無言でうなずく長門。恥ずかしさと不安でいっぱいになったハルヒは、その場から逃げ出そうとする。 長門「・・・待って」 逃げ出そうとするハルヒの肩を、その華奢な腕で繋ぎとめた。 ハルヒ「・・・ユキ・・・アンタは・・・・私を・・・き、拒絶・・・しないよね・・・・?」 長門を背に、一通り泣いたハルヒのつぶらな瞳から、再び大粒の涙が流れる。 長門「大丈夫・・・。」 長門は力いっぱいハルヒを引き寄せると、力強く抱いた。 長門「私があなたを拒絶することはない。」 ハルヒは驚きと安堵の混じった表情を見せると、ゆっくりと、長門を抱き返した。 ハルヒ「・・・ユキ・・・ユキ・・・っ!」 長門は子を想う母のような笑顔で、ハルヒを受け入れた・・・。 長門「・・・本」 ハルヒ「・・・え?」 長門はゆっくりとハルヒを体から離すと、そう呟いた。20秒程度だっただろうか、ハルヒにはとても長く感じられた。 長門「本・・・何の本読んでるの・・・って、私に聞いたでしょ・・・」 長門は小さくも確実に言葉を放つ。ハルヒを安心させるために・・・。 ハルヒ「そ、そういえばそうねぇ・・・何の本?」 僅かな時間ではあったが、長門との抱擁で完全に安堵しきったハルヒは、以前同様・・・とまではいかないが、軽いリズムで言葉を並べた。 次の日、やはりクラスにハルヒの居場所はなかった。 ハルヒ「・・・き、キョン・・・おは・・・よ・・・」 キョン「・・・悪いけど、あまり俺に話しかけないでほしいな。」 ハルヒ「ご、ごめんなさい・・・。」 昼休み、ハルヒは一つの期待を持って(元)SOS団部室へと足を運ぶ。 ガチャリ。そこには・・・長門がいた。パァッ・・・と顔を明るくするハルヒ。 ハルヒ「ユッキーっ!来たわよっ!」 長門「・・・そう」 素っ気無い返事ではあるが、どこか 温かみ を感じたハルヒだった。 まずあえて言おう、俺はハルヒが嫌いだ。 もともとはそう嫌ってはいなかったし、黙ってればそこそこ可愛い方だしな。 だが奴はとてもだが許せない事を朝比奈さんに言い放ったのだ。 ハルヒ「みくるちゃんはあたしのおもちゃなの!」 あの時は本気で頭に来たぜ、古泉が止めてなければあいつの頬を引っ叩く所だった。 あれから何ヶ月も過ぎるが未だに俺はその事に関してあいつを許していない。 というか許す隙すら見せようとしないのだ。 あいつが何か行動を起こすたびに俺や古泉が奔走し、朝比奈があわて長門が治める。 いつしかこのような図が出来上がってしまった。 俺は思う、いい加減あいつを甘やかすのはやめよう、と。 俺もそろそろうんざり来てるんだ。このままでいてもあいつに良い事なんか1つもないだろうしな。 あいつももう満足してるだろ、潮時って奴だ。痛い目見て大人になってもらおう。 という事で俺はある行動を起こした。 俺が起こした行動とはハルヒを金輪際冷たくあしらう事だ。 常日頃SOS団の連中からちやほやされてるあいつはにはそうとう効いた物かと思われる。 事実、先ほど古泉から緊急の電話が来て巨大な閉鎖空間とやらが出来て機関全体がてんてこ舞いらしい。 だがそんな事は俺が知ったことじゃあない。全部ハルヒのやったことだ。責任はあいつにある。 文句を言うならあいつに言ってくれと思いながら古泉の番号をハルヒの番号と共に拒否リストに加える。 さて、今日やったハルヒへのおしおきを回想するとしよう。 思い出すだけでも口元がにやけてしまうがここは堪える。 まったく、あいつのあの顔ときたらな・・・。 朝俺は普段よりも早く学校へ向かった。 まずハルヒへのお仕置き第一弾として地味だが上履きを隠す事からはじめた。 おーい、そこ!陰湿とか言うんじゃない!上履きはマジックで罵詈雑言を書きついでハサミで切り刻んで女子トイレに投げ入れておいた。 教室で外を眺めているとハルヒが浮かない顔で足元はスリッパで教室に入ってきた。 いや、笑ったね。良い気味さ。 だがハルヒへのお仕置きはまだまだ続くぞ。覚悟するんだな。 「あなたにはもう利用価値が無い」 すでに私室と化した部室に久しぶりに他人が訪れた。 長門有希。元SOS団、団員の一人。彼女が扉を開けて、唐突に言った一言は、あたしの脳内を?マークで埋め尽くすには十分だった。 利用価値? いったい何の? はたしてそれはSOS団解散に関わっているのだろうか? ある日を境にあたしを冷遇する皆。 キョンはあたしの言うことに耳を傾けず、構ってくれなくなった。 みくるちゃんはあたしを視界に捉えると、ゴキブリでも見るような目で離れていった。 小泉君はあたしにだけ笑みを見せなくなった。『不愉快だ』と表現した表情をあたしに向けるようになった。 そして目の前にいる有希は――徹底的な無視を決め込んでいた。おそらく彼女の中では、あたしはわたぼこりの類なのだろう。いや――それ以下かもしれない。 「利用価値って何……?」 あたしは何とか声を絞り出した。目の前の殺意を孕んでいる様な視線を感じると、声を出すことさえ困難だった。 「あなたは世界を作り変える力を持っていた」 そこから堰を切った様に有希の口から出てくる不可思議な事実。有希は宇宙人。小泉君は超能力者。みくるちゃんは未来人。色々な派閥。これまでの出来事。 意外と理解はできた。当然よね。ほとんどがあたしの望んだことなんだから……。 そしてその能力が『あの日』から消滅したことを告げ、有希はあたしに背を向けた。 『もう言うことなんてない』背中が語っている。でも、でも……! 「待って!」 視線を外されたおかげで今度はスムーズに声が出せた。有希が振り返る。今度は殺意に加えて憎悪が混じっているように見える。「ひっ……!」声を上げて萎縮するあたし。 「ね、ねえ……その、力が無くても、SOS団はあるんだし、さ……。また、前みたいに皆で――」 『前みたいに』の辺りで有希の目が見開かれた。 「まだ、そんなこと言っているの……?」 呆れを含んだ声。いや、むしろ軽蔑かもしれない。 「彼を含め、私達はあなたの“能力”のために『それ』に所属していた。だからこそあなたの言動には耐えて来た。あなたという個体自体に関しては、全員好ましくない感情を抱えている」 SOS団を『それ』扱いする有希の発言にはそれほど驚かなかった。今まで皆にしてきた行為を考えれば、それも仕方ないと思えた。だけど、だけど……。 「だけど、楽しかったでしょ……!?」 そうあってほしいという願望を大いに含んだ問い。少しの希望、期待……。 「それはあなただけ」 有希は容赦なく言った。 「私はあなたを観察するためのインターフェイス。だから我慢は出来た。それが私の意義だから。でも『彼』は違う。選択権も無くあなたに選ばれ、苦しんでいた。私はそれが許せない……!」 後半の辺りから強まっていた。その発言から殺気と軽蔑と憎悪の視線の理由が分かった。そっか、有希ってキョンのこと……。 「私はあなたにこれ以上時間をかけたくは無い。『彼』が待っている」 有希はそれを最後に、出ていった。 ……なんだかここで団員を待っているのがバカらしくなった。……帰ろう。 玄関まで来ると、雨がふっているのに気がついた。傘は――ない。いつかみたいに、職員用の持って行けばよかったのだが、『あの日』以来風当たりが強くなっているので、やめておく。 坂を下っていると、前方に一本の傘が見えた。その下にはキョンと有希がいた。笑っているキョン。時折微笑を返す有希。傍目から見ても仲睦まじいカップルだ。 それを遠目に見る、雨曝しのあたし。まるで、別世界……。 涙と雨がないまぜになって頬から落ちていく。あたしは再び世界に絶望した。 ハルヒ「ふー、今日はそろそろ帰ろっとキョーン!一緒に・・・ あ・・・いないんだった・・・ ん、この箱なに?こんなの運んできた覚えないんだけど・・」 男「しまった・・・」 パシュッ ハルヒ「え!?血?嫌!痛いぃ!」 スネーク「Mk22と間違ってソーコムで撃ってしまったようだ 大佐、彼女への対処の指示をくれ」 大佐「スティンガーでおk」 古泉「明日ウチの車でドライブに行きましょう」 キョン「いいなそれ! 海とかいいんじゃないか?」 みくる「あ、いいですねぇ~それ。わたしお菓子作りますよ!」 長門「……和菓子もほしい」 キョン「あはは、それはさすがの朝比奈さんでも作れないだろう」 古泉「じゃあ私が買っていきますよ」 キョン「悪いな、古泉」 古泉「いえいえ」 ハルヒ「あの……わたしも……」 古泉「残念ですけどウチの車は5人乗りなんで」 古泉「私、キョンくん、朝比奈さん、長門さん、鶴屋さんでいっぱいです」 キョン「常識を考えろよハルヒ、6人はムリだ」 みくる「涼宮さん、古泉くんも困ってますから……」 キョン「虐めってのも、結構バリエーションがないもんだよな。殴る蹴るは流石に気が引けるし」 長門「長期的な疎外感は人格を崩壊させるのに最も効率的かつ有効な手段であると同時に、こちらの手を汚さず出来る唯一の手段」 キョン「まぁ、セオリーどおりが一番有効、って事か」 長門「そういうこと」 キョン「お、噂をすればなんとやら、ってかね」 ハルヒ「……おはよう、キョン」 キョン「……」 ハルヒ「……おは、よう……」 キョン「さて、トイレでも行くかな」 ハルヒ「……」 長門「惨め」 ハルヒ「ゆき……」 長門「あなたは一人。もう、誰もあなたを見ない、言葉を交わさない、触れない、存在を認識しない。あなたは、いらない」 ハルヒ「……私……ぐすっ……」 小泉「長門さん、一緒に昼食をとりませんか?」 みくる「部室で食べません?」 ハルヒ「小泉君……みくるちゃん……」 長門「わかった」 ハルヒ「……もう、私……」 ハルヒ「私は本当のボーカルじゃなくて・・代理なの。」 ハルヒ「ボーカルの子が扁桃腺が腫れちゃって・・・」(以下略) キョン「かーえっれ、かーえっれ」 小泉 「(ふふっ、キョン君もやりますね)・・かーえっれ、かーえっれ!」 客A 「格好がきもいんだよ!!かーえっれ!かーえっれ!」 客B 「このうさぎやろうが、電波のくせに誘ってんのか!バーカ!かえれ!」 ベース「やっぱ我慢できないわ、お前帰れ」 ドラム「あなたのためにドラムなんてできないわ、帰って」 長門 「あなたのギターも歌も・・不要です・・私が盛り上げるので・・帰れ」 ハルヒ「・・・・」 2年になったハルヒ 先生「それじゃ~みんな自己紹介は終わったかな~?」 ハルヒ「あ・・・先生私がまだ・・・」 先生「あー君か。はいどうぞ。」 ハルヒ「えっと・・・東中出身涼m」 クラスメートA「くすくす、ねぇまたあれやるのかな??」 クラスメートB「やるんじゃない?本物の基地外だもん」 ハルヒ「・・・これから一年間・・・よろしk」 谷口「おいおい~!!宇宙人はどうした宇宙人は~!」 国木田「やめときなよ。知障の相手は疲れるよ」 キョン「まあ人間には興味ないんだ。何言っても平気だろ」 ハルヒ「・・・・よろしく・・・おねg」 先生「じゃー授業はじめるぞ」 参加者:長門 キョン 古泉 みくる 鶴屋 閲覧(1) ──────────────────────────────── ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ キョン:今日もうざかったな、ハルヒ ──────────────────────────────── 長門:約1名・・・閲覧中・・・ 解析始める・・・・ ──────────────────────────────── 古泉:どうせ彼女でしょう ──────────────────────────────── 鶴屋:ストーカーじゃんwwwwwきんもーっ! ──────────────────────────────── みくる:な、なんでみてるんですかぁ? ──────────────────────────────── 『ハルヒ』が入室しました ──────────────────────────────── ハルヒ:みんな集まってたのね!会議を始めるわよ! ──────────────────────────────── 『みくる』が退室しました ──────────────────────────────── 『鶴屋』が退室しました ──────────────────────────────── 『古泉』が退室しました ──────────────────────────────── 『長門』が退室しました ──────────────────────────────── ハルヒ:ちょっとキョン!どこへ行くの!まちなさぁい! ──────────────────────────────── キョン:口くせぇんだよ ──────────────────────────────── 『キョン』が退室しました キョン「前から思ってたんだが・・・お前はうるさい」 ハルヒ「っ!?」 キョン「ということで、お前瞬間接着剤の刑な」 ハルヒ「ちょ!?キョ・・・うぐっ」 俺は強引にハルヒの口に瞬間接着剤を満遍なく塗りたくった、これで煩わしい思いもしなくなるだろう ハルヒは目に涙を浮かべて必死になり、口をモゴモゴ動かしている・・・全くいい気味だ キョン「お前、これからサンドバックな」 参加者:ハルヒ 閲覧(2) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ハルヒ:ROMってるやつきもいから入ってきなさいよ ──────────────────────────────── ハルヒ:こういうのって本当ウザいわね・・・ ──────────────────────────────── ハルヒ:見てて楽しいの? ──────────────────────────────── 『キョン』が入室しました ──────────────────────────────── 『ハルヒ』が退室しました ──────────────────────────────── 『みくる』が入室しました ──────────────────────────────── キョン:朝比奈さんこんにちは。明日は予定通り5時でいいですか? ──────────────────────────────── みくる:はい~。その時間にお会いしましょう~^^ ──────────────────────────────── キョン:ではまた~。 ──────────────────────────────── みくる:ごきげんよう^^ ──────────────────────────────── 『ハルヒ』が入室しました ──────────────────────────────── 『キョン』が退室しました ──────────────────────────────── 『みくる』が退室しました ──────────────────────────────── キョン「8時だよ全員集合~!」 みくる「おいっすー!」 長門「・・・おいっす」 古泉「声が小さいですよ」 観客「おいっすーーーーーー!」 ハルヒ「まだまだ声が小さいわよ!」 観客「うるせーーーーんだよっ!!!!!!」 ハルヒ「痛いじゃない!物を投げないでよ!」 キョン「おらーーーーー!」 ハルヒ「ってキョンあんたまで」 みくる「えいっ」 ハルヒ「みくるちゃん・・・」 長門「・・・ぽい」 ハルヒ「・・・う」 古泉「ははは、それー」 ハルヒ「・・・」 ハルヒ「よし!今日はみんなでキョンの家に突撃よ!!」 古泉「今日はキョン君の家でゲームをやる約束があるので失礼します。」 キョン「古泉とゲームやる約束あるからくんなよ。」 ハルヒ「ぇ?だ!だからみんなで今からキョンの家に行くのよ?」 古泉「…はぁ…遠まわしに 来るな といってるのが分からないんですか? これだから馬鹿は困りますね。」 キョン「そういう事。 お前がきたら家中にハルヒ菌がばらまかれちまうからな。 絶対くんなよ。」 ハルヒ「………」 ハルヒ「ラブラブチェッカーを開発したわ、これで意中の相手とのラブ度が測れるの」 ハルヒ「ターゲット発見!ねぇキョン、こういうの作ってみたの」 キョン「今忙しいんだよ!遊びなら一人でやれ」 ハルヒ「…」 古泉「おいキョン、こういうのを作ってみたんだが」キョン「良いね、やろうやろう」 ハルヒ「………」 キョン「見てんじゃねぇよ失せろハルヒ」 長門 「………ぺたぺた」 キョン 「おい、長門。朝比奈さんの体みてなにやってるんだ?」 長門 「うぎゅ」 朝比奈 「ふぇっ!?」 キョン 「おいおい抱きしめるなよ。むしろ俺がやりたいくらいだ。」 長門 「マッスルドッキング」 キョン 「マッスルドッキングは一人じゃできないぞ・・・って朝比奈さんに何してるんだてめーっ!!」 長門 「カレー食べて。」 みくる 「い、いただきます。」 キョン 「あぁ。」 長門 「じーっ」 キョン 「おい、長門。みくる見て何してる?」 長門 「ぺちゃぺちゃ。」 みくる 「あぅ~」 キョン 「おいおい、カレーのルー。そんなに作ってどうしたんだ。しかも、朝比奈さんにかけてえええええええ!?」 長門 「朝比奈カレー」 ハルヒ「ええんか?ここがええんか?」 みくる「おたすけえええ」キョン「おいおい、朝比奈さん嫌がってるじゃないか」 ハルヒ「良いのよキョン、この娘はMなんだから」 みくる「テメェがSなだけだろ馬鹿が意気がるなよ…」 ハルヒ「…………」 アヒル 「ねぇねぇ、キョン!一緒に新しい部活作らない?」 キョン 「アヒルごときにどんな部が作れるんだ?調理部。お前が調理されちゃうのか。」 アヒル 「え?アヒル。私の名前アヒルになってる!違うわよ!変えて変えて!」 ルキア 「ねぇねぇ、キョン!一緒に新しい部活作らない?」 キョン 「ルキアってことは死神部か?」 ルキア 「違うわよ!姫子じゃないわよ!やり直し!」 ハルヒ 「ねぇねぇ、キョン!一緒に新しい部活作らない?」 キョン 「ホスト部か?俺、イケメンじゃねーぞ。古泉一筋だし」 ハルヒ 「藤岡じゃないわよ!涼宮でやりなおし!」 ゴジラ 「ねぇねぇ、キョン!一緒に新しい部活作らない?」 キョン 「うわあああああああ逃げろおおおおおおおおお」 ゴジラ 「・・・・・・」 ハルヒ「ちょ、ちょっとキョン止めてよ!」 キョン「なんだハルヒ?そんなにこのリボンが大事なのか?」 キョンの高く掲げられた拳の先にはハルヒがいつも付けている黄色のリボンが握られていた ハルヒ「それはパパに買ってもらった大切な、リボンなの返さないと死刑よッ!」 キョン「ホイ、返してやるよ」 ハルヒ「あ、、」 リボンを窓から投げる捨てるキョン キョン「早く拾いに行かないとどっか行くぞ(ニヤニヤ」 ハルヒ「キョン!覚えておきなさい」 キョン「おい、ハルヒいつまでも調子になるなよ。いくらお前がスポーツ万能でも所詮は女。男の俺には敵わない それに高校生もなってリボン付けてるのは可愛いとでも思ってるのか?」 ハルヒ「も、もう知らない!」 リボンの拾いに行くハルヒの目にはうっすら涙が浮かんでいた
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6008.html
涼宮ハルヒの遡及Ⅹ 迫りくる怪鳥の群れを捉えて俺は愕然としている。 いや俺だけじゃなくて、長門とアクリルさんを除く全員がだ。 ざっとした数を予想すれば……見えてるだけでも千できくのか……暗黒の空の下、向こうの風景がまったく見えんぜ……あの大軍を相手にして三十分だと……? 暗澹なんて言葉じゃ生温い。絶望と言う言葉はこんな時に使うものなんだろう、ということを実感させられる。 なんせ、さっきのハルヒの大技が使えないからな。なぜなら朝比奈さんはエネルギーチャージのために戦線に参加できないからだ。 「古泉一樹」 「何ですか?」 「あなたは彼と涼宮ハルヒと朝比奈みくるの護衛を。その赤いエネルギーがシールドの役割を果たすはず。迎撃はわたしと彼女が受け持つ」 「了解しました。ご武運を――」 振り向くことなく指示を出す長門に頷く古泉。 「す、涼宮さん!」 次に声を発したのは、やや涙声ではあったが意を決した感がある朝比奈さんだ。 「えっと、ミクルミサイルってどうやれば発射されるんですかっ?」 そうか、確かにそれはハルヒにしか分からない。どうやら朝比奈さんは自分に内蔵されている兵器を受け入れることにしたようだ。 「そ、それは……」 まさか考えてない、なんて言わないだろうな? 「違うわよ! もちろん考えてはいたわ! でも本当に発射されるの!?」 「発射されなきゃ俺たちは全滅だ。だが長門もさくらさんも俺も古泉も朝比奈さんも発射されると信じてる」 「キョン? 何で……?」 どうしてそんなことを聞く必要がある? んなもん答えは分かり切ったことなんだぜ。 俺はハルヒの手をぐっと握り、真剣な眼差しでハルヒの大きな瞳の奥を見つめた。 「みんな、お前を信じてるからだよ。現に超級グレートカイザーイナヅマジャイアントSOSアタックは発動した。ならお前が信じているならミクルミサイルも発動する」 「キョン……」 ハルヒがわずかにうつむき、俺たちはそんなハルヒの次の句を待っている。 「分かったわ……」 待ったのは刹那のような永遠の時間。 ハルヒが静かに呟き、そして次の瞬間、 「みくるちゃん! ミクルミサイルの発射ポーズを教えるわよ!」 大声を張り上げると同時にハルヒの瞳には先ほどまでの困惑の色は消え失せ、いつもの勝ち気いっぱいの300W増しの輝きが戻っていた。 そして、それが怪鳥の大群と長門、アクリルさんペアとの戦闘開始の合図でもあったのである。 俺たちを守る古泉の赤いエネルギー球を猛烈な衝撃が襲い続けてくる。 ハルヒは朝比奈さんを、俺は二人を守る形で抱きしめ、ただひたすら朝比奈さんのミサイル充電が終わるのを待っている。 その朝比奈さんは両膝をそろえて膝で立ち、胸のところで腕を十文字に組み瞳を伏せ、ただただ集中しているようである。 もし片膝を立てたポーズでは中身が見えてしまうから、なんて思ったなら大間違いだ。おそらくそんなことは朝比奈さんは勿論、俺も含めた全員が意識しちゃいない。はっきり言ってしまえば今この場面ではどうでもいい。 古泉もまたエネルギー球を消すまいと瞳を伏せ、精神を集中させている。 その外側では―― 「ライツオブグローリー!」 「……」 アクリルさんと長門が大軍をものともせず、とまでは言わないが、四方八方から襲ってくる怪鳥の突撃をかわし、しかし攻撃もしている。 アクリルさんからは目が眩むばかりのほとんどバズーカー砲と言っていいような眩く輝く光線が放たれ、長門からはスターリングインフェルノを振るうたびに説明のしようがない魔力が怪鳥を飲み込んでいる。 数はわずかながら減ってはいるようだが、それでも減っている内には入らないだろう。 「まずいですね……朝比奈さんの充電が間に合うかどうか、というところでしょうか……」 間に合わない、というよりはマシな言い回しだな古泉。 「クールドラグーン!」 今度はアクリルさんが連射可能の、氷の銛を連続で打ち出し、長門は相変わらず無表情で無言のまま、竜巻の刃を発生させている。 「堪えてくれよ古泉……それと何もできなくてスマン……」 「ふふっ、もちろんご期待に添えるよう努力しますよ。僕としてもかけがえのない大切な仲間を失いたくありませんので」 「古泉くん……」 ハルヒが珍しくか細い声を漏らしている。 …… …… …… なんだろうな、この感覚。前に味わった感覚と似てないか…… 俺とハルヒは歯がゆくもただ見ているしかできず、周りに頼りっぱなしで自己嫌悪に陥りそうになった……そう……蒼葉さんと初めて出会ったあの時と…… 俺は思わず思いっきりかぶりを振った。 「どうされました?」 「何でもない……本当にすまない古泉……」 「本当にどうされたんですか? 心配いりませんよ。僕は必ずあなた方を守り通します」 さわやかな笑顔を向けてくるんだが、その頬から滴る汗がお前の状況を知らせているんだよ。 くそ……何か、俺にも何かできることがないのか…… 「キョン! 痛いって!」 「あ……スマン……」 どうやらいつの間にか俺はハルヒを抱きしめる腕に力を入れ過ぎていたらしい。 「あんた……あの時と同じことを考えたでしょ……」 「ハルヒ?」 「だって、あたしも同じだもん……ただ見ているだけしかできなかったあの時……結局、あたしたちは蒼葉さんの手助けをできなかった……」 重く黙り込む俺とハルヒ。 そんな俺たちの耳が捉えたのはアクリルさんのとある言葉だ。 「ナガトさん、確かあなたの設定は悪の『魔法使い』、だったわよね?」 「そう」 ふと見れば、二人が背中合わせで宙を佇んでいて、気が付けば怪鳥たちが攻撃の隙を窺うべく、俺たちを取り囲んで膠着状態にあった。 どうやら長門とアクリルさんの想像以上の力に闇雲に攻撃しても無駄だと悟ったようだ。 「じゃあさ、さっき、あたしが撃ったライツオブグローリーかアルゲイルフォルスをコピーできない? なんか途中から見覚えのある魔法ばっかりだったし、アレってあたしのをコピーしたんだよね?」 「インプット済み。なぜなら魔法使いの設定を持つわたしにとってあなたは最高の模範。途中から、わたしは残された自身の力を魔法のプログラミング化に専念させていた。よって少なくともあなたが使用した魔法であれば使うことが可能、今は攻撃手段としても用いている。故に発動までにやや間が開いている。それは発動キーワードを呟いているため」 「魔法のプログラミング化って……んなことできるのはあたしたちの世界だと世紀の大天才魔工科学者・蒼葉だけよ……とんでもない話ね……って、ということはあなた自身の力は完全に尽きてしまったってこと?」 なんだと!? 「そう。しかし、あなたのおかげで『魔法』を駆使できるため戦闘に支障はない。ところでわたしにとってはアオバなる人物の方が信じられない。魔法、言い換えて意図的に超常現象を発生させる力のプログラミング化は人という有機生命体の器量をはるかに超える技術。それをできるとは考えられない」 「そうなの? あたしはそんなに深く考えたこと無かったし、蒼葉ならそれくらいやりそうなもんだと思ってた節があったから気にしてなかったけど。でもまあいいわ。それよりも、ちょっとした提案があるんだけどいい?」 「了解した」 ふぅ……アクリルさんと長門の様子を見れば、長門はなんとかなるようだ。本気で怖くなったぞ。 おっと、この場合の『怖くなった』は俺たちの危機が増大したからってことじゃない。長門の身が危うくなったことに対してだ。なんせあの雪山の一件があるからな。 「あたしはアルゲイルフォルスを使う。あなたはライツオブグローリーを。んで呪文の詠唱の最後の一句だけどあたしと合わせてこう言って」 ……? アクリルさんが何かを長門に伝えているのだが、はっきり言って俺には理解不能の言葉だった。 ひょっとして、カオスワーズってやつか? 「理解した」 「ん! なら行くわよ! これならこいつらでも半分は吹っ飛ばせるはず!」 ……なんだと!? この数の半分を吹き飛ばせる魔法……!? などと驚嘆している俺の眼前では、アクリルさんが烈火のオーラを、長門が黄金色のオーラを立ち昇らせている。 そして、まるで合わせ鏡のように二人同時に振りかぶり…… って! この魔法は! 『グレイトフルサンライズフェニックス!』 アクリルさんと、そして長門がハモって声を荒げると同時に二人から目が眩むばかりの強烈な光を放つ、そうだ! あの不死鳥が飛び立ったんだ! つか、長門が何でその魔法の名前を知ってるんだ!? 金色の不死鳥の羽ばたきが一瞬にして怪鳥の大群をなぎ払っていく! だが待て! あの魔法は……! 脳裏に浮かんだのは蒼葉さんが力尽きて崩れたあのシーンだ。絶対に忘れるわけにはいかない俺とハルヒの大罪…… 「ふぅ……どうやら楽になったわね。半分以上いなくなったわよ」 「確かに」 が、アクリルさんと長門のあっけらかんとした声が聞こえてきたのでどこかホッとした。 「よかった……もう、二度とあんなことは繰り返したくなかったもんね……」 ハルヒも安堵のため息をついてやがるぜ。そりゃそうだ。俺たちの考えたことは同じだ。 「そう言えば、ナガトさんはどうして今の魔法の名前、知ってたの? あれって蒼葉が考えた名前なんだけど、確か、ナガトさんは蒼葉に直接会ったことないんだよね?」 なんか場違いな会話だ。 しかしまあ、今の魔法の破壊力のおかげで怪鳥がさらに躊躇したからな。 「わたしは前にアオバなる人物がこの魔法を使ったところを目撃してる。だから知っていた」 あ……そういや長門は見てたんだったな……なるほど……そういうことか…… 「ふうん。凄いわね。異世界が視えるなんて。どんな目を持ってたら視えるのかしら。あたしはただひたすら蒼葉のことを祈るしかなかったんだけど」 「世界の連結が断たれていなかったから」 「ああ、そういうこと」 って、分かるんですか!? 今の説明で!? 「うん。でもまあ言葉にしにくいから詳細は省くけどね。それよりもナガトさん、もう一発いける?」 「問題ない」 などと物騒な会話を交わし、再びアクリルさんと長門が生み出した光の不死鳥は残りの怪鳥を壊滅させるのだった。 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅠ